2018.01.01

新年明けましておめでとうございます

Kingasinnnen


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2017.10.07

さよならドライブ

長いあいだあちこち一緒にお出かけしてきたプジョー307CCも、10月27日に切れる次の車検はたぶん通さない。

長い間一緒に遊んだりして、今でも数少ない307CCオーナーのみっちさんにお別れをするべく、彼の住む滋賀に行ってみた。

Tanukinookimono集合場所は滋賀と言えば!の信楽。

焼き物の街だけど、信楽、といえば

Hunoisan信楽高原鉄道列車鉄道事故

信楽高原鉄道の信楽駅には、「セーフティーしがらき」として、列車衝突事故に関する資料を展示したコーナーがある。
Zijiitenziこのコーナーの存在を知って一度見てみたかったので、じっくり見学してしまった。
こういう負の遺産を公開する姿勢に敬意を払う。

信楽で焼き物を物色したあとは、みっちさんの案内で「木になる木」でランチ。
この店は国道307号に面したいい感じのカフェで、307だけにプジョー307に乗っている人たちが集まって走ったあとに集まって食事をしたりしていて、私も一度行ってみたかったところ。

Nidai久しぶりに二台並べて。
みっちさんの307CCはうちと同じT6モデルで、いまだに乗り続けている同志と思っていたのだが、うちから先に離脱するとは…

Kare食べたのはカレー。
いつもみんなが食べてネットにあげてた、あのカレー。美味しかった(笑)

Mattyamonokaランチの後は、少し離れたこれも307号沿いの「茶のみやぐら」で抹茶モナカで一息。
ここも307オーナーの方がよく行っていたような…

そして
Ireihi
Sigaraki信楽高原鉄道衝突事故慰霊碑。
この事故は91年、私が大学2年の時に起きた。衝撃的な事故現場の様子は新聞やテレビで繰り返し流れたのでよく覚えている。
日本でまだ正面衝突する事故が起きるのか…という衝撃もあった。
この3年前に起きた東中野駅の衝突事故も衝撃だったが、犠牲者の数の多さはさらに衝撃だった。

ちょっと前に富士山の太郎坊にあるBOAC機墜落事故の慰霊碑に行ったが、実際にそこで事故が起き犠牲者が出た現場に立つと、ネットの画面で知る事故とはまた違い、「あー、ここで実際に事故があったんだな…」という何かを感じる。

事故現場の厳かな雰囲気を感じ、琵琶湖畔で撮影。
Usiro最後のツーショットかな。

長い付き合いだったな…

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2017.10.05

CEATEC JAPAN 2017に行ってみた

この時期毎年恒例、CEATEC JAPANに行ってみた。

もともとは家電見本市だったCEATECだが、最近はIoTやらVRやらで白物家電はほぼ見かけない展示会になってしまった。

だって
Mufg銀行がブース出してるんですよ奥さん!
MUFGブースで面白かったのが、カブドットコム証券の展示。
株価の過去の推移を画像情報としてデータベースに蓄積し、翌日の値動きを過去の同じような値動きから推理するという「古き良き相場師」みたいなシステムを展示していた。

Tesura
Tesuranountenseki
最近いろんな展示会で見るテスラ。
最近はいい話だけでなく悪い噂も見聞きするテスラだが、展示会ではどこでも大人気。
エンジンと燃料タンクが無くなって代わりに電池とモーターがつくだけで車ってこれだけ変わるのか…とコレ見るたびにいつも思う。

Udedokeiそして時計。
これはエプソンが展示する「TRUME」という腕時計。
針のアナログ時計ながら様々なセンサーを搭載し針でセンシングしたデータを表示するというスマートウオッチのようでスマートウオッチではないユニークな時計。
「プリンターメーカーが腕時計?」と説明員に質問する人もチョイチョイいたが、忘れちゃいけないエプソンはセイコーの関連会社として売上比率はわずかながら時計の仕事もしている立派な時計屋さんでもある。

家電はほぼ見かけなくなったCEATECだが、ガジェット好きには相変わらずたまらない展示会としてまだまだ頑張ってほしいものである。

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2017.09.18

そうしたら

前日、懸念事項の解決に向け一歩踏み出したところ、不穏な空気を察したのか307CCのHIDバーナーがつかなくなった。
このままバックレてもいいのだが、そこは小心者なわたし。
ヤフオクで爆安HIDを購入し、自分で交換。
Raitokoukan
Raitokoukan2
ハロゲンランプを度重なるバルブ切れに業を煮やしてHID化したのが2009年7月

あれから8年か。
よりによって今切れるかね、と複雑な思いを抱きながらの交換作業となった。

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2017.09.17

いよいよ

長年の懸案事項にケリをつけるときが…
Keiyakusyo


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2017.09.13

沖縄 Day 6

沖縄最終日。

毎年のことだが、最終日は南部をだらっと巡りながら空港に向かうパターン。

7回目のブセナテラスをのんびりチェックアウトし、一路南部に向かう。

ランチは牧港からちょっと行ったところにある高江洲そば
Yusiudunお目当ては、やわらかいおぼろ状のゆし豆腐の入ったゆしどうふそば。
前から気になっていたのだが、これは美味しい。

もう今日の目的は果たした気もするが、さらに南部を目指し、カフェ ガンガラーの谷でお茶。
Gaikan鍾乳洞でお茶が飲めるというちょっと変わったカフェ。
この洞窟は現役の遺跡だそうで、カフェの先でも発掘作業が続けられているらしい。
Kebukafeそんな不思議な空間でコーヒーで一休み。

実はこの日は台風が沖縄本島に接近しており、雨はそんなでもないのだが風が強くて、実は帰れるかちょっとだけひやひやしていた。

時間も余ったので瀬長島に寄ってみたのだが、着陸できずに引き返す飛行機などを生で見ていよいよヤバいな…と思ったが、着陸をあきらめたのは何機かいたが、特に本土行きの飛行機に欠航はない様子。
飛んじまえば何とかなるということか。

Endaと、言うわけで空港で最後の沖縄フード。

出発も少々遅れたくらいで、離陸するころには風もやみ順調なフライトで何の問題もなく羽田に到着。

長いようで短いちょっと遅めの夏休みは終わったのである。

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2017.09.12

沖縄 Day 5

いつも沖縄に来ると必ず戦跡を巡ることにしている。

今回は伊江島に行くことで目的を果たしたのだが、もう1件行きたいところがあった。

映画「ハクソーリッジ」の舞台になった前田高地。
場所は浦添城跡。

沖縄戦では「高地」と呼ばれる激戦地がいくつもある。

沖縄戦で米軍は、沖縄本島中部西海岸に位置する北谷町に上陸し南部首里城を目指して進撃する。

途中いくつもの高地で激戦が繰り広げられた一つが前田高地。

Hakusorizzi米軍はこの崖を下からよじ登り上で待ち伏せしている日本軍と激しい戦闘を行った。

映画は沖縄戦線に衛生兵として従軍し、武器を持たずに人命救助に徹した実在の米兵士、デスモンド・ドスを主人公に進む。

Uekara崖の上から米軍が攻めてきたであろう方角を見る。

はるか彼方に見える海には米軍艦艇がビッシリいたのだろう。

苦難の末ここを攻め落とした米軍は、この後今のおもろまちにある安里52高地でさらに厳しい戦いをすることになる。

ここまで来たら昼はお馴染みジャッキーステーキハウス。

Jakki初めて沖縄に来た時に食べて、以来お気に入りのステーキ屋さんだが、ここしばらく来ていなかったので久しぶり。

もちろん食べたのは
Sukiyakiスキヤキ。

ここはステーキはもちろん美味しいのだが、それ以外のメニューも美味しいのなんの。

Menyuスパゲティーとミソ シルは食べたことはあるので、次回はベーコンエグかハムエグをやっつけたい。

夜ご飯はキングタコスをテイクアウトしてホテルでのんびりと。
Kingutakosu相変わらず混んでる。
Kingutakosutohanbagaたこっフライライスとハンバーガー、相変わらずのビッグサイズで満足満足。

お腹も膨れたところで沖縄最後の夜はちょっと気取ってホテルのバーで。
Ba
Kakuteru昔はアメリカンディナーとかメニューにあったような気がするファンパブ「シュガーケイン」で過ぎゆく沖縄の夏をしのぶのであった。

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2017.09.11

沖縄 Day 4

今日は沖縄旅行で欠かせない「戦跡巡り」

行き先は
Iezima行きの飛行機からもよく見えた伊江島へ。

美ら海水族館のそばにある本部港から船で約30分。
Gusuku思いのほか大きなフェリーだった。
Ferisennnai東京湾フェリーをちょっと小さくした感じか。トラックや大型バスなんかも乗り込んでて、何もない島かと思ってたけどそうでもないんか?

船の売店で沖縄そばを売っているのを発見。しかも100円!
Ferinoudon朝ごはんは食べてきたけどこれ食べるしかないでしょ。

島に着いたら、まずレンタカー。
島には2軒レンタカー屋さんがあるみたいで、今回はフェリー乗り場からちょっと歩いたところにある伊江島観光バスで借りることに。

やたらフレンドリーなスタッフさん(というか社長さん?)から島の説明や美味しい食堂なんかを聞いて出発。

最初の目的地は何といっても城山(ぐすくやま)
本島からもよく見える地面から岩が生えているような山。
Siroyama
Tozandou島の混交ガイドを見るまで、まさか山頂まで登れるとは思わなかった。
確かに急斜面ではあるが、ちゃんと整備された手すりと階段のおかげで、疲れながらも海抜172mの山頂へ。

Beigunkiti
Hontou絶景でしょこれ。これがほんの20分も歩けば体験できるんだからすごい。

山を下りて次に目指したのは空港。
Taminaru伊江島空港は75年の沖縄海洋博にあわせて開港した空港で、海洋博開催中は定期便が就航していたが、77年に定期便休止。
確かに那覇空港から今の美ら海水族館にあった海洋博覧会場まで車だと2時間以上かかるだろうから、船で30分のここに空港があったのは便利だっただろう。
08年にチャーター便も休止になり、それ以来急患輸送などでしか使われていないらしい。

伊江島には3本の滑走路があり、この伊江島空港の滑走路と米軍が使う訓練施設、それと伊江島補助飛行場である。
伊江島補助飛行場はアメリカ海兵隊が管理する訓練施設ではあるが、一部の道路の通行は米軍の活動を妨げないことを条件に認められている。
Kassouroなので滑走路を車で走ることも…

ここを年に数回ハリアーが離着陸の訓練をするらしい。

沖縄戦といえば沖縄南部が主な戦場だったが、北部にある伊江島には新しい飛行場があったのと米軍がレーダーサイトの建設をもくろんでいたため、占領すべく激しい攻撃を行った。

城山のそばに激しい攻撃を象徴する建物が当時のまま残っている。
Baiten公益質屋跡。壁どころか天井にまで大きな穴が開き、米軍の攻撃のすさまじさが判る。

Anipairuそして一番行きたかったのが「アーニーパイルの碑」
世界的に有名な従軍記者だったアーニーパイルは、1945年4月、伊江島に上陸した米軍と行動を共にしていたが、戦場を取材中に日本兵に狙撃され戦死した。

戦後史などに興味があれば必ず目にする名前であるが、連合国軍が東京宝塚劇場を接収した際、米軍が「アーニー・パイル劇場」という名前に強くこだわったほど愛された従軍記者だった。

Kireinaohaka戦死した4月に慰霊祭が毎年開かれるが、このきれいに整備された碑にそれを感じるのだ。

Houkonhiここから少し離れたところに、米軍の攻撃で亡くなった村民・軍人合わせて3500人余を慰霊する「芳魂之塔」が建つ。
終戦の前年、日本軍は「東洋一」といわれるいまの伊江島補助飛行場をつくり、米軍はこれに目をつけて激しく攻撃したのである。
Yuukonhi亡くなった方の名前が糸満市の平和の礎と同じように刻まれている。
当時の島の住民の3分の1にあたる人々が犠牲になったといわれ、県民の4人に1人亡くなったといわれる沖縄戦全体と比べても大きな犠牲があった島での戦闘だった。

そんなわけで、なんとなくアーニーパイルの碑と見比べてもやもやするのである。

Tyanpuruランチはレンタカー屋さんで教えてもらった「はとぽっぽ」のチャンプルー定食。
地元の人しか来ないような店だったが、先客がいてよく見たら同じレンタカー屋で車を借りてた人だ。
これレンタカー屋の親族がやってる店だろ(笑)なんて思いつつ、クルマを返し、帰りのフェリーへ。

ちょいと小腹が空いたので、昨年訪れて待ち時間がとんでもないことになっててあきらめたピザ喫茶 花人逢へ。
今回も1時間ほど待つ様相だったが、意地でも待つことに。

Pizayakaraiezimaここはピザもさることながら絶景も売りで、さっきまでいた伊江島の城山もくっきりよく見える。

Umaipizaメニューはピザとサラダのみ。
これは美味しい!確かに美味しいんだけど、旅行者考えだと、せっかく沖縄に来て何時間も並んで食べるのどうよ?と言われるとぐうの音も出ない…

横浜駅そばの吉村家はいつも大行列だけど、そこよりおいしいラーメン屋なんていくらでもあるのに…みたいなそんな感じ。

というわけで、離島トリップを終えて戻った夜のホテルは、静かにたたずむのであった。
Naitopuru

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2017.09.10

沖縄 Day 3

3日目。
この日はのんびりグルメ旅の予定。

朝はホテルで優雅に和朝食。
Asagohanモーニングビュッフェもいいんだけど、それやると昼に響くお年頃…

朝食のあとは部屋でダラダラのんびりして、昼前に那覇に向かう。

目的地は昨年攻略目前にして戦略的撤退をしたまきし食堂
Erebeta入口エレベーターからしてこの存在感。
誰もが「モンキーのいるレストラン&BAR」に心を奪われるが、ここは冷静沈着にまきし食堂に行くべき。

Tennnai見よこの店内。モンキーのいるレストラン&BARなんて(たぶん)目じゃない。

Sobateisyoku頼んだのはソーキそば定食。
観光客でごった返していてもおかしくないシチュエーションの店なのに、客は仕事中と思われるリーマンとウチらくらい。
24時間営業なので夜が本番なのかもしれないが、ちょっと寂しいのぉ…

高度成長期の工業地帯にはどこにでもあった24時間営業の大衆食堂。
横浜にも根岸家みたいな伝説的な大衆食堂があったけど、どんどん減っていって…横浜市中央卸売市場本場の秋葉食堂もいつの間にか閉店して。

まだまだあちこちに24時間営業の大衆食堂がある那覇はパワフルなんだろうなぁ。

そんなパワーを満喫した後は市場でお土産を買ったり国際通りをぷらぷらしたり。

夕食は最近お気に入りの、米軍直営の嘉手納シーサイドリストランテ。
Sisaidoresutoran年々駐車場でわナンバーを見かけるようになった。

Yuukeiまきし食堂は古き良き沖縄の食堂だが、こちらもいかにも沖縄なレストランだ。

Niku今年はステーキだけでなく
Guratanグラタンもチョイス。
いかにもアメリカの料理過ぎて美味しすぎるでしょ…

アメリカと不思議な共存をする沖縄を堪能し、のんびりホテルに帰って明日の英気を養うのであった。
Yorunau

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2017.09.09

沖縄 Day 2

12回目の沖縄のテーマは「温故知新」。
確か2回目か3回目に沖縄に来た時に回った辺戸岬を再訪しようと久しぶりに北に向かった。

まずは、辺戸岬のちょっと南にある大石林山から辺戸岬を眺めてみることに。

沖縄はあちこちに聖地があって、ちょっとばかり聖地のインフレが起きている印象があるが、昨年行った久高島が沖縄神話の南の聖地とするならば、ここ大石林山は北の聖地らしい。

天地・宇宙・万物を支配する天帝から「この下に神の住むべき霊地がある。だが、まだ島の形になっていない。降って立派な島を作ってきなさい」との指示を受けた女神アマミキヨは、下見をしに下界に降りた。

そこは聖地になりそうではあるものの島と呼べるようなものではなく、天帝に「いいところだが整備が必要。それには土や石、草木が必要だ」と報告する。

天帝はそれらを与え、聖地の整備を命じたのであった。

そして最初に作られたのが久高島。
ほかに6つの聖地が作られ、そのうちの一つが大石林山にある安須森御嶽だ。

久高島にあるフボー御嶽と安須森御嶽、どちらも「琉球で最初に作られた御嶽」という説があるようだが、これはとても興味深い。

現在沖縄県人のルーツは九州・奄美諸島と言われており、そうすると安須森御嶽が先に作られたという神話は合理的に思うし、九州から移住してくる前から台湾などから移り住んでいる人がいたという話を聞けば、南にある久高島が最初に聖地が作られたというのも納得だ。

沖縄の神話に必ず出てくる「アマミキヨ」の名前が奄美からきているとしたらやっぱり聖地は北から作られたのかな~なんて思い、本当に想像力を掻き立てられる神話の世界なのだ。

Rinzanというわけで大石林山から奄美諸島与論島を望む。
距離22キロ、この近さなら泳いででもこれそうだ。

Rinzannnoyama大石林山の奇岩。
ここはすごい聖地らしいのだが、なんとなく面白観光地の雰囲気もあってなんだか不思議な場所だった。

大石林山から辺戸岬はすぐ。

Hedonobaiten沖縄本島の最北端。
Saihokutan占領下の沖縄ではこの先の与論島の間に国境があり、岬の沖合では返還運動の水上デモが行われたりした。

辺戸岬から大石林山のほうを眺めると
Nankairuなんだありゃ…

というわけで行ってみた。
Tenboudaiなんだこりゃ…

ヤンバルクイナ展望台、というそのまんまな展望台からの景色は、鉄格子が若干邪魔だがなかなかの絶景。
Kesiki
Yanbarutenboudai
Yanbarunotenboudai鉄格子の外にカメラを出せばインスタ映え間違いない。

ヤンバルクイナ展望台で思いがけず巨大ヤンバルクイナを目撃したが、こっちは当初の目的地「ヤンバルクイナ生態展示学習施設 クイナの森
Yanbarukuinaここは、人工ふ化で生まれたやんばるくいな「きょんちゃん」を生体展示している施設。
Kyontaynn一戸建てくらいある巨大なケージの中でただ一羽飼われているきょんちゃんは、非常に警戒心の強いヤンバルクイナには珍しく、人の姿を見ても隠れたりせずに愛嬌を振りまくアイドル的存在だとか。
KyontyannmizuabiKinouenokyontyann独りぼっちはさみしいんじゃないかと思ったが、ヤンバルクイナは縄張り意識が非常に強い鳥で自然の中でも基本的に一羽で生活しているとのこと。

ヤンバルクイナといえば1981年に新種の鳥として発見されたというニュースが強烈に印象に残っているが、この施設の説明員の方の解説や展示でヤンバルクイナの理解が深まった。
当時11歳だったのに意外と印象に残ってるもんだなぁというのもなかなか面白い発見だった。

ヤンバルクイナに癒された後はホテルへ。

今日のホテルはブセナテラス。
ブセナテラスは今年開業20周年。
アニバーサリーの意味も含めて、久しぶりにブセナテラスに宿泊。
Heyaブセナテラスに初めて泊まったのが99年。あのころ開業2年の出来立てほやほやホテルだったわけだ。
Hoteruテラスから見る景色は変わらないなぁ。
Dinaカフェテラスでまったりとディナーを楽しみつつ
20th20周年おめでとう!

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