南氷洋に思いを馳せ
この週末はちびっ子たち夏休み最後の土日と言うことで、各所でイベントが盛りだくさんだったようだ。横須賀の海上自衛隊横須賀基地ではサマーフェスタ07という基地開放イベントがあり、プジョー関係と言うより、もっぱら鉄&軍関係でいつもお世話になっているBlueforceさんに誘われて横須賀まで行ってきた。
前日のホームページ告知では艦船の内部公開や体験航海などのイベントがあると書いてあったが、体験航海は申し込み制で当日では乗れないとのことだったので、艦に乗ると言うよりは海軍カレーや焼きそばでも食べて艦船見ながらお祭り気分でも味わえればいいや的なお気楽気分で現地に向かった。
JR横須賀駅で先に現地入りしていたBlueforceさんに着きましたとメールをすると、なんと「しらせの前にいます」と返事が。えぇ?しらせいるんですか!?私は一気にヒートアップ。砕氷艦しらせは来年で退役の決まっている南極観測船で、前から一度見てみたかった艦だった。それが今回見るどころか中に入れるとは!
手荷物検査もそこそこに基地内に入り、Blueforceさんと合流。私がしらせがいるなんて知りませんでしたというと、「そりゃ今一番ヒマな時期だからねぇ」とのこと。確かに夏前に南極から日本に帰ってきて11月にまた旅立つまでの間は、艦自体は修理がなければこれと言って出かける場所も無いヒマな時期だ。もちろん隊員さんはゴロゴロしているわけもなく何かと(それこそ今回の公開などがあれば)忙しいのだろうが。
さっそくしらせに向かう。やっぱりデカい。幅だけでも普通の護衛艦2倍近くある。この写真の一番右に止まっているのはアメリカ海軍のイージス艦ジョン・S・マケインで、海上自衛隊のイージス艦こんごう型のベースになった艦である。それに比べてもでっぷりした容姿は貫禄がある。
乗船し、艦内を見て周る。最初に目に付いたのが歯科治療室。普通の医務室とは別個にある。日本を出ると半年でずっぱりの航海なので歯の治療は重要とのこと。歯科医も内科などの医者とは別に必ず乗り込むそうだ。
細い階段などを登り、ヘリ甲板に出る。期待していたしらせ艦載機S-61は千葉の館山で訓練中とのことで見られなかった。このヘリもしらせと同時に退役が決まっており、今年で見納めとなる。側面に描かれたぺんぎんマークを見たかったのだが。
いよいよ艦橋へ。中はかなり広々としている。お決まりの左右にある艦長席、副長席が自衛艦を主張する。南極に近づき、暴風圏に入ると艦橋の高さに匹敵する波に突入することもあるとか。平成13年には最大傾斜左53度を記録した。戦艦大和は傾斜35度で総員退艦命令がでたので、逃げ出してもいい角度なのかもしれない。
ちなみに53度を記録した時、艦橋の中をゴロゴロ転がっていった隊員さんがいたとか。旧海軍なら「貴様ぁ!根性が足らん!歯ぁ喰い縛れぇ!!」とぶん殴られそうなものだが、「その人怒られなかったんですか?」と艦橋にいた方に聞いたら「あの角度じゃしょうがない」んだそうだ。53度は確かにすごいが、40度ぐらいの傾斜なら普通にあるとのこと。隊員さんは「別に怖くは無い」と言っていたが、その信頼にこたえるしらせもすごいと思った。
大満足のしらせ体験をしたあと、このまま帰るのはもったいないと、IHIマリンユナイテッド横浜工場のそばに行って、同造船所で儀装中の話題の新型護衛艦ひゅうがを見物する。ひゅうがはしらせを越える大きさを持つが、造船所の対岸から見てもその大きさは圧倒的だ。来年就航の予定だがその雄姿を早く見てみたいものだ。
横浜でディナーを食べながらヲタ話に花を咲かせたBlueforceさんとは別れ、羽田の夜景とCCを絡めた写真を狙うべくうろうろとベイエリアを回ったが、なかなかいいロケーションにめぐり合わない。最終便の時間も迫っていたので、以前昼間に何度か行った場所で目星をつけ写真を撮ってみる。
アプローチする機体と地面に置いたクルマをフレーミングするのはなかなか難しい。機首や風向き、パイロットのお好みによってルートが若干違ってくるのだ。この写真も前に降りた機ではいい感じだったのに、この機では街灯に串刺しに。こんな写真を載せると誰かから怒られそうだが、ご容赦ください。
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前にも書いたかもしれないが、私は「巨人大砲玉子焼き派」ではなく「阪神柏戸目玉焼き派」だ。初めて買った野球帽はHTマークだったし、85年のペナントレース優勝は街頭テレビで見届け、コーラのラッパ飲みで祝ったものだ。(当時中学生)
この後さらに1点を返し、応援のボルテージは最高潮。さっきまで「終わりや…」とつぶやいてたおっちゃんは前後左右の見知らぬ阪神ファンと大盛り上がり。岡田ナイス起用。
7回からウィリアムスが登板し、いよいよ終盤戦。まずは7回を三者凡退で抑え、次に登板の久保田も三者凡退でピシャリ。いよいよ藤川登場で大盛り上がり。JFKリレーを生で見るのは初めてだったので、ちょっと感動した。藤川もわずか10球で三者凡退の見事な継投で見事7点差をひっくり返した逆転勝ちだった。桧山のホームランで泣いていたおばちゃんもまたもや号泣で六甲おろしを大合唱した。歌詞を覚えているのは1番だけのなんちゃって虎ファンなので、2番以降は「ふーんふーんふふーん、はーんしーんたいがーす」と歌っていたのはここだけの秘密。
最近ウチの近辺にコメダ珈琲店という喫茶店が何店かできている。いわゆる郊外型喫茶店で、名古屋を本拠地として最近首都圏への出店を強化しているらしい。ドミナント出店という戦略だ。
このお店の名物といえばシロノワール。これはクロワッサン生地のパンケーキにバニラアイスをドスンと載せたもの。クロワッサン生地と聞いていたので、サクサクしているかと思ったが、食べてみると意外としっとりしていてうまいうまい。ただ、時間が経つとアイスが溶けてきてべちゃべちゃになってしまう。きっと「みんなでわいわい食べる。独りで喰うならとっとと喰え」というコンセプトなのだろう。
すっかり友人宅にお世話になってしまったが、今日は鈍行列車で戸塚まで戻らなければならないこともあり、朝早く(といっても8時ぐらい)に近所の福知山線の駅まで送ってもらい、私の長い一日が始まった。
宝塚市で乗降客の最も少ない武田尾駅で降りてみる。ここは旧線と交差する場所で、無人改札を出るとそこがかつての線路を使ったハイキングコースだ。右にしばらく歩くとトンネルが出てくる。中は電線を支えていた碍子が残るなど鉄道トンネルの雰囲気がばっちり残る。
やっと来た電車で奈良駅まで行って驚いた。工事中で仮駅舎だからか閑散としていてお土産物屋すら見当たらない。当てにしていた立ち喰いそば屋すら見当たらず、失意のうちに次の目的地を探す。
目が覚めたのは京都駅を過ぎたあたりだった。さすがちゃんとしたベッドなだけあってぐっすり眠れた。しばらくポケーっと車窓を眺める。なんて贅沢な目覚めなんだろう。
夜は
こうして大阪夏の陣二日目の幕が落ちたのであった。
私が自腹で鉄道に乗るようになったころからすでに寝台列車は斜陽の一途をたどり、その愛称でもあった「ブルートレイン」は各路線が次々と廃止となっていった。20年以上前、なけなしのお小遣いをはたいて購入したNゲージの24系をEF66に曳かせては「いつかこれで旅に出たいなぁ~」と床に顔をへばりつかせながら見入ったものである。
22時半過ぎ、鉄道ファンのシャッター音が響くなか神田側よりEF65-1000に曳かれて静々と銀河が入線して来た。私はてっきり田町から推進回送で来るのかと思っていたが、言われてみれば東京駅なら機回しできるしはるか田町からえっちら時速45キロで来たら東海道線も大渋滞だ。
定刻23:00、銀河は客車特有のガチャンというショックとともに東京駅を出発し、大阪に向かって走り出した。
だが、一度A寝台のベッドに横になると大枚叩いてA寝台にして本当に良かったと思った。ごろんと横になって覗く車窓には、いつもはラッシュでドアに押し付けられながら見る風景が広がる。これはなんという贅沢なんだろう。
江戸時代から「東海道三大難所」と旅人を苦しめた薩埵峠は、今でも交通の要所である。東海道線、東名高速、そして国道一号が山肌と海の間のわずかな隙間に張り付いている様子はまさに日本の動脈、しかも頚動脈といった風情だ。ここを通るたびに壮大な自然と対峙し続ける日本の土木技術とその水準の高さに感動する。
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