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2007年8月

2007.08.26

南氷洋に思いを馳せ

Sirase2この週末はちびっ子たち夏休み最後の土日と言うことで、各所でイベントが盛りだくさんだったようだ。横須賀の海上自衛隊横須賀基地ではサマーフェスタ07という基地開放イベントがあり、プジョー関係と言うより、もっぱら鉄&軍関係でいつもお世話になっているBlueforceさんに誘われて横須賀まで行ってきた。
前日のホームページ告知では艦船の内部公開や体験航海などのイベントがあると書いてあったが、体験航海は申し込み制で当日では乗れないとのことだったので、艦に乗ると言うよりは海軍カレーや焼きそばでも食べて艦船見ながらお祭り気分でも味わえればいいや的なお気楽気分で現地に向かった。
JR横須賀駅で先に現地入りしていたBlueforceさんに着きましたとメールをすると、なんと「しらせの前にいます」と返事が。えぇ?しらせいるんですか!?私は一気にヒートアップ。砕氷艦しらせは来年で退役の決まっている南極観測船で、前から一度見てみたかった艦だった。それが今回見るどころか中に入れるとは!
手荷物検査もそこそこに基地内に入り、Blueforceさんと合流。私がしらせがいるなんて知りませんでしたというと、「そりゃ今一番ヒマな時期だからねぇ」とのこと。確かに夏前に南極から日本に帰ってきて11月にまた旅立つまでの間は、艦自体は修理がなければこれと言って出かける場所も無いヒマな時期だ。もちろん隊員さんはゴロゴロしているわけもなく何かと(それこそ今回の公開などがあれば)忙しいのだろうが。
Siraseさっそくしらせに向かう。やっぱりデカい。幅だけでも普通の護衛艦2倍近くある。この写真の一番右に止まっているのはアメリカ海軍のイージス艦ジョン・S・マケインで、海上自衛隊のイージス艦こんごう型のベースになった艦である。それに比べてもでっぷりした容姿は貫禄がある。
乗船し、艦内を見て周る。最初に目に付いたのが歯科治療室。普通の医務室とは別個にある。日本を出ると半年でずっぱりの航海なので歯の治療は重要とのこと。歯科医も内科などの医者とは別に必ず乗り込むそうだ。
細い階段などを登り、ヘリ甲板に出る。期待していたしらせ艦載機S-61は千葉の館山で訓練中とのことで見られなかった。このヘリもしらせと同時に退役が決まっており、今年で見納めとなる。側面に描かれたぺんぎんマークを見たかったのだが。
いよいよ艦橋へ。中はかなり広々としている。お決まりの左右にある艦長席、副長席が自衛艦を主張する。南極に近づき、暴風圏に入ると艦橋の高さに匹敵する波に突入することもあるとか。平成13年には最大傾斜左53度を記録した。戦艦大和は傾斜35度で総員退艦命令がでたので、逃げ出してもいい角度なのかもしれない。
ちなみに53度を記録した時、艦橋の中をゴロゴロ転がっていった隊員さんがいたとか。旧海軍なら「貴様ぁ!根性が足らん!歯ぁ喰い縛れぇ!!」とぶん殴られそうなものだが、「その人怒られなかったんですか?」と艦橋にいた方に聞いたら「あの角度じゃしょうがない」んだそうだ。53度は確かにすごいが、40度ぐらいの傾斜なら普通にあるとのこと。隊員さんは「別に怖くは無い」と言っていたが、その信頼にこたえるしらせもすごいと思った。

16ddh大満足のしらせ体験をしたあと、このまま帰るのはもったいないと、IHIマリンユナイテッド横浜工場のそばに行って、同造船所で儀装中の話題の新型護衛艦ひゅうがを見物する。ひゅうがはしらせを越える大きさを持つが、造船所の対岸から見てもその大きさは圧倒的だ。来年就航の予定だがその雄姿を早く見てみたいものだ。

横浜でディナーを食べながらヲタ話に花を咲かせたBlueforceさんとは別れ、羽田の夜景とCCを絡めた写真を狙うべくうろうろとベイエリアを回ったが、なかなかいいロケーションにめぐり合わない。最終便の時間も迫っていたので、以前昼間に何度か行った場所で目星をつけ写真を撮ってみる。
Airport アプローチする機体と地面に置いたクルマをフレーミングするのはなかなか難しい。機首や風向き、パイロットのお好みによってルートが若干違ってくるのだ。この写真も前に降りた機ではいい感じだったのに、この機では街灯に串刺しに。こんな写真を載せると誰かから怒られそうだが、ご容赦ください。

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2007.08.22

甲子園に恋をした

Tigers2前にも書いたかもしれないが、私は「巨人大鵬玉子焼き派」ではなく「阪神柏戸目玉焼き派」だ。初めて買った野球帽はHTマークだったし、85年のペナントレース優勝は街頭テレビで見届け、コーラのラッパ飲みで祝ったものだ。(当時中学生)
といっても甲子園球場には行ったことが無い。一度行ってみたいなとは思っているのだが行くだけならまだしも野球観戦ともなると日程や時間的にいろいろ制約も出てくるし、おいそれとは行けないのが悩みの種。

で、代わりといっては何だが、久しぶりに野球観戦に神宮球場に行ってきた。もちろん阪神戦。
プレイボールから若干遅れて球場入りしたが、空席の目立つ1塁側に比べ3塁側はすでに黄色に染まり空席を探すのに若干苦労したほど。こちとら本拠ははるか500キロの彼方なのに、どちらがアウェイなのか判らない…
序盤、阪神ピッチャーのジャンが荒れ、観客も荒れる。一挙7点も取られ内心「岡田、そろそろピッチャーを変えないと外野スタンドはもたない…」と思ったところで危険球退場。「こらー、当てるヤツちゃうやろーー!」という野次の意味を深く考えるのはやめておくが、ひとまずグラウンドとスタンドの危機は遠ざかった。
しょっぱなから7点差で、「もう、終わりや…」とつぶやくおっちゃんもいて沈んだ空気を吹き飛ばしてくれたのが鳥谷。気持ちの良い2ランホームランで5点差。7点差だとまける気もするが5点差だと勝てる気がするのが不思議。このホームランに興奮して食べていたモツ煮をぶちまけていた人がいて最高におかしかった。
その後の満塁のチャンスに代打桧山の劇的なホームラン。「桧山」のボードを掲げていたおばちゃんは号泣。うんうん、気分はわかるよ。あの時桧山にプロポーズされたらたぶん俺でもオーケーしちゃう。
Tigers1この後さらに1点を返し、応援のボルテージは最高潮。さっきまで「終わりや…」とつぶやいてたおっちゃんは前後左右の見知らぬ阪神ファンと大盛り上がり。岡田ナイス起用。
5回には矢野の逆転ホームランもあり風は完全に西向き。1塁側は心なしか席を立つ人もちらほら見られ、ヤクルト選手がなんだかかわいそうになる。どの球団の選手も「阪神戦は空気が違う。甲子園はまだしも本拠地ゲームでも応援が違う」と言うらしいが、その一片を味わった気がする。
Tigers47回からウィリアムスが登板し、いよいよ終盤戦。まずは7回を三者凡退で抑え、次に登板の久保田も三者凡退でピシャリ。いよいよ藤川登場で大盛り上がり。JFKリレーを生で見るのは初めてだったので、ちょっと感動した。藤川もわずか10球で三者凡退の見事な継投で見事7点差をひっくり返した逆転勝ちだった。桧山のホームランで泣いていたおばちゃんもまたもや号泣で六甲おろしを大合唱した。歌詞を覚えているのは1番だけのなんちゃって虎ファンなので、2番以降は「ふーんふーんふふーん、はーんしーんたいがーす」と歌っていたのはここだけの秘密。
応援グッズも持って行かずだったが、鳥谷のホームランに興奮してついトラッキーメガホンを買ってしまった。7回のジェット風船も持っていなかったが、前に座っていた親子が分けてくれたのも嬉しかった。
やっぱり阪神ファンは良いね。見ても話しても面白い人たちばかりでとても楽しい観戦だった。

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2007.08.16

初めてのシロノ

Syugou最近ウチの近辺にコメダ珈琲店という喫茶店が何店かできている。いわゆる郊外型喫茶店で、名古屋を本拠地として最近首都圏への出店を強化しているらしい。ドミナント出店という戦略だ。
プジョー仲間のグッドルッキングガイズが集ってヲタ話で盛り上がろうという会がなぜか普通の住宅街のど真ん中にあるコメダ珈琲店で行なわれた。朝も早よから駐車場にCCが並ぶのもなかなか壮観だ。
まあヲタ話といっても寝台急行銀河のA寝台は電源車の隣だけど案外うるさくないとか、小説征途に出てくる海上自衛隊航空護衛艦「しょうかく」の舷側エレベーターは構造が有り得ないとかその程度のもの。
Sironoこのお店の名物といえばシロノワール。これはクロワッサン生地のパンケーキにバニラアイスをドスンと載せたもの。クロワッサン生地と聞いていたので、サクサクしているかと思ったが、食べてみると意外としっとりしていてうまいうまい。ただ、時間が経つとアイスが溶けてきてべちゃべちゃになってしまう。きっと「みんなでわいわい食べる。独りで喰うならとっとと喰え」というコンセプトなのだろう。
私はちょっと時間が掛かってしまったので「つゆだく」になってしまったが、美味しくいただきました。
結局アイスカフェオレにシロノワール、最後に珈琲アイスを食して腹をがっぽがっぽさせて店を出た。
この珈琲アイスもうまかった。最初はどんな飲み物か良く判らず注文したのだが、ヨーグルト容器みたいなプラスティックボトルにたっぷり入って出てきたのはいわゆるコーヒーシェイク。
メニューにはカツサンドとかエビフライとか魅惑のメニューもたくさんあったので、次回はこれらをやっつけたいと思う。

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2007.08.11

酷鉄各駅停車の旅

Yuuhiすっかり友人宅にお世話になってしまったが、今日は鈍行列車で戸塚まで戻らなければならないこともあり、朝早く(といっても8時ぐらい)に近所の福知山線の駅まで送ってもらい、私の長い一日が始まった。
ちなみに金券ショップを片っ端から回って探した青春18きっぷはどこに行っても5枚つづりしか売っていなかったので、大阪駅のみどりの窓口で買ってしまった。金券ショップでは100円しか安くないし、何が起こるかわからない気まま旅だったので現金を残しておきたかったのでカードが使えるみどりの窓口で購入してみた。

福知山線はいまでこそ大阪とベッドタウンを結び、過密ダイヤが原因で大事故を起こしたりした路線だ。しかし80年代半ばまではDD51が客車を牽いていた、腕木式信号機が残るのどかな単線路線だったそうだ。DD51+12系客車が20年前はまだまだ普通に走ってたんですね…
この頃は武庫川の渓流沿いを走るローカル線風情だったが、1986年の電化・複線化に伴い渓流沿いの単線は廃止された。これは京都の保津峡を走る旧山陰本線に経過がとても似ている。保津峡では旧線はトロッコ列車になって観光資源となっているが、こちらは廃線となり一部が遊歩道になっている。
Tonnneru宝塚市で乗降客の最も少ない武田尾駅で降りてみる。ここは旧線と交差する場所で、無人改札を出るとそこがかつての線路を使ったハイキングコースだ。右にしばらく歩くとトンネルが出てくる。中は電線を支えていた碍子が残るなど鉄道トンネルの雰囲気がばっちり残る。
本当はもっと散策したかったが、何しろ今日中に戸塚に戻らなければならないのですぐに駅に戻った。
ホームで待っているとやってきたのは京都行き。こりゃちょうどいい。これで京都まで行って新福菜館で昼ラーメンかな、なんて計画を立ててみた。

で、電車に乗り込みドア上の路線図を見ると、魅惑の駅名が。「奈良」 ふと頭の中に「あなたと奈良、大和路」というフレーズが浮かび、谷村新司の三都物語が流れた。(調べてみると、JR西日本の三都物語キャンペーンは京都大阪神戸で、奈良は入ってないんですね…><)
しかしこれが酷旅の序章だったと気づくのはほんの4時間後である。
とりあえず奈良に行こうと尼崎駅でJR東西線に乗り換えた。来た電車は同志社前駅行き。終点まで行き、奈良まで行く電車が来るまでの40分ほど駅前散策してみた。駅前に天下一品があったので朝ラーメンしようかと思ったらまだ開いてなかった。

Naraやっと来た電車で奈良駅まで行って驚いた。工事中で仮駅舎だからか閑散としていてお土産物屋すら見当たらない。当てにしていた立ち喰いそば屋すら見当たらず、失意のうちに次の目的地を探す。
大阪まで戻るのもどうかと思われたので、ここで次の目的地を和歌山に定め、和歌山朝ラーメン(といってももう昼近いが)を目指すことにする。和歌山からは紀勢本線で名古屋に抜けるルートを考えた。
奈良から和歌山に向かう和歌山線という路線があるのだが、いくら路線検索しても天王寺に戻れと指示するので、大和路線で天王寺に一旦戻り、阪和線で和歌山に向かうことにする。
このあたりでなんとなく「むちゃ?」という思いが頭をよぎってくるが、必死にそれを払いのける。携帯サイトでいくら調べても、和歌山から戸塚に向かう経路は「大阪まで戻れ」と指示してくる。でも、こんな天気のいい日に海沿いを走る気動車なんて最高だろうなという思いが不安を無理矢理払拭していた。
最後の思いを込めて和歌山-新宮-亀山-名古屋-戸塚で検索すると、名古屋でムーンライトに乗れとの指示が。ムーンライトの指定席なんていまさら取れないだろうし、仕事もあるし…、と同時に、Blueforceさんより「その旅は名古屋で終わる」とメール。これで決心はついた。引き返すなら今しかない!と、どこだかわからないが停まった駅で電車を飛び出した。降りてみると「熊取」という駅だった。Blueforceさんからのメールは、私を社会的な死(月曜日会社ばっくれ)の淵から救い出してくれたと言っても過言ではない。本当にありがとうございました。

時計を見ると13時過ぎ。ここからはもはや時間の余裕などない。
大阪駅に戻ったのが13:40ごろ。ここから14:00発の山陽本線新快速に乗るべくお土産と軽食を購入する。ちなみに朝からまだ何も食べてはいない。
首都圏となんら変わらないラッシュのなか米原まで移動し、大垣行きに乗り換える。米原でようやく本日一食目をホームの立ち食いで頂く。透明なつゆが関西圏を実感させる。
大垣で特別快速豊橋行きに乗り換える。豊橋で何か美味しいいかにも「名古屋っぺえ!」的な駅弁を買おうとワクワクするが、駅売店を覗いてみるとそんなものはなく、がっかりしながら幕の内弁当を買う。
豊橋からは浜松行きに乗る。弁当を食べようと思ったら全席ロングシート。ちょっと食べる気が起きなかったのでガマンする。
浜松駅で、もしかしてうなぎ弁当とかあったら買っちゃおう!とウキウキするが、売ってるのはうなぎパイばかり。がっかりしながら静岡行きに乗り込むと、こいつもロングシート。またもやガマンガマンで静岡駅へ。
浜名湖を過ぎるあたりで夕暮れが迫り、静岡駅到着19:51。腹も減ってきたし静岡駅での余裕は15分。何もする気が起きず20:06発の熱海行きに乗り込む。
熱海到着21:18。ようやくJR東日本管内だ。やってきた電車も見慣れたE231系。もうハラペコでお腹と背中がくっつきそうだったのでグリーン車をおごる。ただし、乗り換えに許された時間は4分。Suicaグリーン券の発券機が見当たらず、発車時間も迫っていたのでやむなく車内でグリーン券購入。250円も高いんですね…
ようやくご飯にありつくが、お食事タイムに許された時間もわずか23分。小田原駅で快速アクティーに乗り換えるためだ。
小田原21:50発の快速アクティーで戸塚到着が22:26。

人生は旅であり、旅は人生である。各駅停車(一部快速)の私の旅が終わった。
当初は普通に東海道線を横浜に向かうつもりだったが、ふと見かけた「奈良」の文字が全てを変えてしまった。
京都でラーメン、名古屋で味噌煮込み、浜松でうなぎを食べながらのんびり行こうと思っていたのだが、結局立ち食いうどんに幕の内弁当という散々な結果。

今回大阪からの旅程は事前にネットで調べていたものなのだが、大阪から戸塚まで1分の遅延早着もなく全て時間通りに電車が動いていたのには感動した。さすがJR。
ノープランの旅も面白いのだが、終わったあとはいつも後悔する。今度からは必ず、プランを立てないまでも時刻表ぐらいは持っていくようにしようと心に誓った。

紀勢本線、全線乗ると400キロ近くになるって今知った。乗らなくてよかった…でも乗ってみたかった…

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2007.08.08

ちょっとそこまでラーメン食べに

Kinryu目が覚めたのは京都駅を過ぎたあたりだった。さすがちゃんとしたベッドなだけあってぐっすり眠れた。しばらくポケーっと車窓を眺める。なんて贅沢な目覚めなんだろう。
寝台急行「銀河」は定刻に大阪に着いた。いやー、大満足の夜行列車だった。いままでいろいろな手段で大阪に来たが、たぶんこれが一番だと思う。コストも一番だけど。後は富士ぶさとサンライズの乗り比べですな。

さっそく道頓堀に向かうことにするが、とにかく大阪の土地勘が無い。数年前、路線の簡略図だけを見て梅田から難波までを1キロ弱だろうと判断し、御堂筋を歩いても歩いてもそごうすら見えてこなかった苦い思い出があるくらいだ。
といいつつもまあ環状線に乗ればそのうち難波って駅は出てくるだろうと思い懐かしの103系に乗り込んだ。
しばらく乗っていて、車窓から見えるなんばパークスが一向に近づいてこないことに不安を覚える。ふと環状線の路線図を見ると難波なんて駅がどこにもない。よく見ると今宮という駅で関西本線に乗り換えなければいけないらしい。ということに気づいたのが新今宮駅を出たあたり。ふー危ない危ない。フェスティバルゲートに見とれている場合ではないってこった。

無事道頓堀に着き、まず金龍の下見に行って見た。驚いたことに、9時前だというのにもう店が開いていて、仕事上がりのホストっぽい客が美味そうにラーメンをすすっていた。食べようか迷ったが、朝っぱらからラーメンというのもどうかと思ったので、まずはもうひとつの目的地、肉吸いで有名な千とせに向かった。が、オープン10時半とのこと。立ち食いそばや的に7時ぐらいから開いているイメージだったのでちょっぴりがっくりしながら、こうなったら朝ラーメンや!ってことで金龍食べました。うん美味しい。まあ記録に残るというより記憶に残るラーメンですな。道頓堀という繁華街に面した縁台で食べるというのは楽しいものだ。

ラーメンを食べ終わって本格的にやることがなくなった。一応大学時代の友人に会う約束をしていたのだが、それも昼過ぎから。携帯電話の電池残量も乏しくなっていたので充電もかねて漫画喫茶に入り、時間まで鉄子の旅を読む。やばい。面白すぎる。
お昼近くになったので漫画喫茶を出て友人と合流。前回神戸に来たとき以来の再会。早速千とせに行き私は肉うどん、彼は肉吸い+大玉(大盛り卵ご飯)を食べる。う~む、ここも記録ではなく記憶に残るうどんですな。
Motsu夜は大阪帝国ホテルに泊まろうと思っていたのだが、彼が「ウチに泊まってきなよ」と誘ってくれたのでお言葉に甘える。
夜ご飯はガーデンバーベキュー。ネタは牛もつ。これがまたとろける美味さでびっくりするほどおいしかった。なんでもこの地は神戸牛の中でも美味しいとされる三田牛の産地で、その三田牛の牛もつなんだそうだ。まさに地産地消。

大変美味しいディナーバーベキューの後は、たまたま地元でやる花火大会に行ってみた。まーなんて充実しているんでしょう。
Hanabiこうして大阪夏の陣二日目の幕が落ちたのであった。

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2007.08.07

「銀河」鉄道の夜

Misima私が自腹で鉄道に乗るようになったころからすでに寝台列車は斜陽の一途をたどり、その愛称でもあった「ブルートレイン」は各路線が次々と廃止となっていった。20年以上前、なけなしのお小遣いをはたいて購入したNゲージの24系をEF66に曳かせては「いつかこれで旅に出たいなぁ~」と床に顔をへばりつかせながら見入ったものである。

私の仕事は基本的に土日祝日が関係ない職場のため、お盆も正月も日にちをずらして取ることになる。今回ぽっかり3連休ができたので、急遽大阪の道頓堀にある金龍というラーメンを食べに行くことにした。日程的に余裕があったので行きは思い切って夢だったブルトレで、帰りは青春18きっぷでテキトーに帰ってくればいいや、とノープラン旅行に旅立った。
乗るのは寝台急行銀河。特急がほとんどのブルートレインの中で、銀河だけは急行なので運賃が安いのが魅力。こちらも乗客はまばらで乗る直前でも切符は取れるといわれていたが、横浜駅のみどりの窓口に置いてあるパソコンで空席を確認するとなんと残りわずか!
狙っていたのは開放A寝台という1編成に28席しかないのでちょっと焦る。しかも窓口は大混雑でどう考えても1時間は並びそうな勢いだ。
ふと思いついて京浜東北線でひとつ隣の東神奈川駅のみどりの窓口に行ってみると、ひとつしかない窓口で駅員さんは暇そうにマルス端末を眺めていた。横浜駅で記入済みの申込み用紙を差し出して難なく寝台のきっぷはゲットできた。残りは帰りの青春18きっぷである。
とはいっても青春18きっぷは5日分で1万円超もする高価なきっぷ。1週間ぐらい前に金券ショップを下見したときは3日分が残ったきっぷを8千円ぐらいで売っていたので、出発当日に金券ショップを廻って残り1日のやつを3000円ぐらいで買ってから出発するか、と気楽に考えて出発日の昼過ぎに家を出た。事はそう上手くはいかなかった。
神田から山手線沿いを北上しながらめぼしい金券ショップに手当たりしだいに突入していったが、売っているのはどれも5日分ばかりで使いかけはどこにも売ってない。あーあの時買っておくべきだったなー。まーいいや、大阪にも金券ショップはあるだろうし。というわけで上野の若狭家で軽く腹ごしらえをして東京駅に向かった。

Nyuusen22時半過ぎ、鉄道ファンのシャッター音が響くなか神田側よりEF65-1000に曳かれて静々と銀河が入線して来た。私はてっきり田町から推進回送で来るのかと思っていたが、言われてみれば東京駅なら機回しできるしはるか田町からえっちら時速45キロで来たら東海道線も大渋滞だ。
取った席はA寝台下段。銀河の中では一番高い席だ。開放寝台といって通路とはカーテンで仕切られるだけなのだが、キッチリ閉めてしまえばほとんどカプセルホテル並みの居住空間の出来上がりだ。しかも下段は必ず大きな窓がつくがこれが快適。B寝台は進行方向に横向きのベッド配置でカーテンを閉めると窓もない密室になってしまうの面積的な面以上に大きな差になると思う。

Bed定刻23:00、銀河は客車特有のガチャンというショックとともに東京駅を出発し、大阪に向かって走り出した。
窓のカーテンを全開にしていると、品川や横浜で通勤客に羞恥プレイをさらす羽目になるので要注意だ。いつもは見るほうなのだが、見られるほうはかなり恥ずかしい。かといってホームの人に気づいてカーテンを閉めるのも何かに負けた気がしてこれまた気恥ずかしい。なんて難しいんだ!
A寝台下段は専用窓までついてかなり贅沢なベッドだが、私は最初はB寝台でいいやなんて思っていた。なにしろA寝台に比べて4000円も安いのだ。しかし、今回の旅をBlueforceさんに自慢(?)したところ「A寝台に乗ったら?いや乗れ!」となんとも魅惑のメールが来たのでついカッとなってA寝台下段を取ってしまった。
Madoだが、一度A寝台のベッドに横になると大枚叩いてA寝台にして本当に良かったと思った。ごろんと横になって覗く車窓には、いつもはラッシュでドアに押し付けられながら見る風景が広がる。これはなんという贅沢なんだろう。
大船を出たあたりで車内を探検してみると、夏休みシーズンだからか7~8割方のベッドが埋まっているように見えた。日常的にこれだけお客さんがいれば「絶滅危惧種」だなんて言われないだろうなぁ…

トラベルライターの横見浩彦氏によれば、「寝台列車は寝るのはもったいないし寝ないのももったいない(鉄子の旅)」だそうだ。いやよく判る。深夜高速バスだと「寝るが勝ち」な気がするが、そこが大きな違いなんだろうなと思う。
私もいつまで起きていようか迷ったが、とりあえず東海道沿線で一番好きな由比-薩埵(さった)峠あたりまでは起きていることにした。
Satta江戸時代から「東海道三大難所」と旅人を苦しめた薩埵峠は、今でも交通の要所である。東海道線、東名高速、そして国道一号が山肌と海の間のわずかな隙間に張り付いている様子はまさに日本の動脈、しかも頚動脈といった風情だ。ここを通るたびに壮大な自然と対峙し続ける日本の土木技術とその水準の高さに感動する。
併走する国道1号と東名高速には、深夜とはいえ日本の物流を支えるトラックが北へ南へと無数に走っている。これが貨物列車なら物流コンボだな、などと思いつつ洞トンネルに列車が入ったところで眠りについたのだった。

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2007.08.03

舞妓Haaaan!!!を見た

いつもやれ殺しだドラッグだと殺伐とした映画ばかり見ているので、たまには毛色の違うものを…というわけでヤングに大人気の宮藤官九郎脚本作品舞妓Haaaan!!!を見た。
この手の映画は初めて見たけど、う~~む…面白いんだけど、「映画」じゃないなーと思ったり。いや、映画ではあるんだけど、ノリは完全にテレビのコントだった。
でも、見る前は「クドカンシンパ」でないと楽しめない映画(偏見)だと思っていたが、クドカンビギナーの私でも面白く見ることは出来た。ストーリーとかめちゃくちゃでさっぱり理解できないところもあったがそういうのもひっくるめてクドカン映画なんだろうなと思った。
途中京都府警のパトカーが2台出てきて「おっ」と思ったが画面をただ走り抜けて消えていった。ちょっと残念。
でも阿部サダヲはよかった。初めて見たのは確か踊る大捜査線で、青島クンをナイフで刺す役だったと思う。そのあと医龍でのイカれた麻酔医役とかでちらちら見たが、この映画の役が一番似合ってるかも。

隣に座った女性グループが熱烈なクドカンシンパらしく、些細なシーンでも大爆笑し、なんかすごく楽しそうに映画を見ていたのが印象的だった。

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