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2007年9月

2007.09.29

久しぶりの市場

Itiba平日休み。何もすることが無く、ボケーっとしていても腹は減る。都内で内勤になってから久しく外で昼飯を食べていない。いや、去年までは田町近辺の定食屋を片っ端からやっつけていったが、社員食堂のある今の職場に移ってからは毎日毎日4種類のメニューから昼メシを決める作業を続けている。あーつまらない。
というわけで横浜の台所、横浜中央卸売市場本場にある秋葉屋市場食堂に久しぶりに行ってみた。
Itibasyokudou頻繁に通っていたころは何を頼むか迷ったものだが、久しぶりに来たならこれしかない、からあげ定食。昔は完食に難儀した覚えがあるが、今日は難なく完食。もしかして量減った?
しかしご飯の量は相変わらずで、今日も知らずに大盛りを頼んだ人がてんこ盛りのどんぶり飯を見て引いていた。

Marinosutaun食休みにみなとみらいをぶらつく。みなとみらいは「職住接近の未来都市」が売りだったが、なかなか企業誘致がはかどらずマンションばかりが目立つようになってしまった。ようやく日産本社の工事も始まり、本来のみなとみらいの姿に近づきつつあるなーという趣だ。
背後に見えるのはマリノスタウン。日産本社にマリノスタウン。もはや日産村ですな。

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2007.09.27

流行に乗って

最近あちこちのブログで「脳内メーカー」というのが流行っている。
名前を入力するとその人の脳みその中身を分析してくれるというサイトだ。まあ一昔前に流行った成分分析みたいなものだろう。
私はあまりこういうものに興味がないので他人の脳内を見るだけで楽しんでいたのだが、先日私の脳内イメージを勝手に分析してくれた人から「騙されたと思って一度やってミホ」と言われたのでやってみた。
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これは、ないわ。

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2007.09.24

久しぶりのプジョー三昧

Fsw
福岡で307CCに乗るはっぴっぴさんが東京に来られるという事で、CdeCの面々が御殿場で歓待すると言う企画。
台風から一度も洗っていなくてかなり汚れていたので、朝から洗車タイム。福岡から来られる方をドロドロのクルマでお迎えするなんて怒られちゃいますからね。ちょっと時間が余ったのでコーティング剤まで塗ってみた。
洗車場にいたベンツのオーナーさんとCCとSLKの屋根開閉機構の違いなどを軽く語り合って集合場所の海老名SAに向かう。
海老名集合後、目的地の御殿場高原ビールに向かい、グランテーブルというレストランでステーキなどを食べる。柔らかくて美味かったー。次回は是非スペアリブも試したい。

Fsw2ランチの後は集合写真タイムだが、なんと来週F1グランプリが開かれる富士スピードウェー正門前というロケーションで撮影。CdeCきっての走り屋さんが警備員さんとのハードネゴシエーションの結果、正門がクローズされたら撮っていいよとOKが出たので、クローズされるまでしばし待機。その間雨がかなり激しくなってきたが、物ともせずに待機。
でようやく撮れたのが冒頭の写真。来週には大騒ぎになるであろう富士スピードウェーの東ゲートでの集合写真。雨のおかげで逆に印象的な写真になったかもしれない。皆さんのクルマ、どれもこれも水はじきがすごい。キチンとお手入れしてるんだろうなーと思った。今朝コーティング剤を塗っておいて本当に良かった。
ワタシはこのあと野暮用があったので先にドロンさせていただいた。皆さんはこのあとほうとう食べて道志道で帰ったとか。うらやましい…
Kagi帰宅後、マサさんプレゼンツ大じゃんけん大会でゲットしたキーホルダーに鍵を付けてご満悦。キーの中にプジョーのが無いのは触れてはいけない秘密だ。

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2007.09.23

らん、らんらららんらんらん…

Asayake
「その者鋼鉄の衣をまといて金色の野に降りたつべし。失われた大地との絆を結びついに人々を清浄の地にみちびかん」
などと言う言い伝えをどこかで聞いたことがある。
世の中いろいろな会があるものだが、Blueforceさんが主宰する「東京湾フェリーから空母を撮る会」の存在を知った時、「さすがにその発想は、無い」と思った。クルマが乗る船と書いてフェリーと読むわけで、クルマをフェリー乗り場に置き去りにして人間だけ乗った挙句到着地で降りずただ引き返すだけ。やることと言ったらひたすらフネの写真を撮り捲くる。何かおかしい。
しかし、東京湾フェリーには「東京湾フェリーから空母を撮る会」専用乗船券ともいえる「遊覧割引運賃(片道600円のところ860円)」がある。これは往復乗船券なのだが到着地で下船できない。つまり行って帰ってくるだけの乗船券だ。

9月21日、4ヶ月に及ぶ航海を終えてアメリカ海軍空母「キティホーク」が母港横須賀に帰ってくるというので「東京湾フェリーから空母を撮る会」の例会が招集された。なんだかんだいって会員ナンバー2番の私も、午後から会社だと言うのに会長に誘われて行ってみた。
会長による綿密な計算の元に久里浜集合の時間が設定される。フェリーの乗客の99%がゴルフ目的。ほぼ全員ゴルフバッグを抱える中、一眼レフを抱えるわずかな客が誰もいない上甲板で水平線を凝視する。
計算上、久里浜から金谷に向かう時は空母は見えないかわずかに見えるぐらいの距離があるはずとのこと。東京湾の中間を過ぎたあたりで浦賀水道の彼方に米粒のような空母を発見。会長が「ちょっと近いな…」とつぶやく。何か職人のようだ。
フェリーは定刻で金谷港に着き、遊覧乗船券の我々は船上で時間をつぶす。その間もキティはのっそのっそと進み、徐々にその巨体を近づけてきた。
ようやくフェリーも人と車を積み終え、金谷港を出港。キティはかなり近づいており、会長もフェリーがキティの前方を横切ることはないと判断したようでちょっと残念がる。確かにできれば空母を前面から撮りたかったが、こればっかりは時の運。順光で写真が撮れるだけでも良しとしよう。
キティはフェリーの前方を静々と進み、会員は皆シャッターを押し捲る。
Kuubo
富士山とのツーショット。冬ならもっと面白い写真が撮れたかも。それにしてもやっぱりでかい。1日動かす経費が3000万円とも4000万円ともいわれるひとつの街のような艦である。4ヶ月の作戦行動の後と言うことでいたるところが錆び付いているが、これもまた働く艦らしいところだ。飛行甲板の上では入港の際の登舷礼の準備なのか、白いセーラーを着た水兵さんがあちこちと動き回っている。
Kuubo2「なんだ?あの船は。でかくて邪魔だなぁ」なんて言っていそうな船員さんを尻目に、キティはフェリーの前方を横切りっていった。全長は323mもある。戦艦大和の全長が263mだからその巨大さが判る。大和見たこと無いけど。今回乗ったフェリーの全長が約80mなので比べるのもイヤになるくらいだ。
Kuubo3いかにも空母っぽいアングル。このような画を見るたびに、1度でいいからかつての日本海軍航空母艦を見たいと思う。現代の最強兵器とも言われるアメリカ機動部隊と並べてみたいなぁ。原子力空母エンタープライズが登場するまで空母信濃が史上最大の排水量を誇っていたことを考えると、何で戦争に負けたのか不思議に思う。まあ空母一隻で戦争する訳ではないから、ではあるが。

Beguru久里浜港に戻り、横浜まででてランチタイム。大さん橋入り口にあるHAMA CAFEでベーグルを食す。ファッション誌に「手軽にランチをとりたいならココ!ボリュームあるランチプレートが絶品なんです!」(ごつ)とかなんとか書かれそうなおしゃれな店だが、男2人が空母があーだとか戦闘機がどーとかもう…
HAMA CAFEのオープンする前に大さん橋に着いてしまったので、時間つぶしにさん橋に行ったらこれまた巨大な船が泊っていた。スウェーデンのワレニウス・ヴィルヘルムセンという船会社の自動車運搬船の命名式をなんと大さん橋ですると言う不思議なイベントがあったそうだ。この船の名前は「FIDELIO」といい、全長227mで世界最大の自動車運搬船なんだとか。キティはこれよりさらに100mも長いのか…
Sanbasi

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2007.09.20

跳んでみた

Guam19
グアムといえばマリンスポーツ。一度やってみたかったパラセーリングをやってみようと、オプショナルツアーに申し込んだ。ツアーはパラセーリングにシーカヤック、ランチバイキングにホテルからの送迎も付いたパックで、お値段は…ランチが付いてこれならまあまあかな?
朝ホテルに来たバスに乗り込み、ビーチのベースキャンプに連れて行かれる。ここで荷物を預け、さらにバスで港まで行きそこから船に乗る。ダウ船のような船を操るのはミック・ジャガーにそっくりな船長で、瓶ビール飲みながら操船するのが似合う。っていうか絶対飲んでると思った。
Guam17乗ったのは80歳のおばあちゃんが乗っても大丈夫という椅子がパラシュートにぶら下がっているタイプ。ダウ船の艦尾にある飛行甲板の上に鎮座するベンチに座り、ベンチと船とを結ぶロープがウインチから繰り出されるとふわりと浮くベンチ。こりゃなかなか楽しい!音も無く空を滑空するベンチからは大パノラマが広がる。途中船が減速し、ベンチがスルスルと落ちていく。んん?と思っているとベンチは海に落ちた。気分は着水に失敗したS-61のパイロット。
船がスピードを上げるとベンチは海面からまたもやぐんぐん高度を上げる。落水はミック・ジャガーの手荒いジョークだったようだ。
しばらくするとベンチは船に向かって引っ張られるように徐々に高度を落としていく。護衛艦に着艦するときのヘリからの視線ってこんななのかなと思った。

Guam4「drank busters」とかかれた警察車両。何の車かよくわからないが、グアムは日本以上に飲酒運転に厳しいとか。コロナビールを傾けながら車を運転するなんて映画の中だけらしい。多分飲酒検問か何かで動く車なんだろう。

Guam15グアム滞在中、救急車の緊急走行はしばしば見たが、パトカーの緊走は一回だけ。なかなかカッコいいパトカーだが、私の想像では強盗の立てこもったスーパーに到着したこのパトカーはいかれた犯人に蜂の巣にされる。

Guam9ホテルのそばにずーっと止まってた白バイ。ドーナツでも喰ってんのかと思った。最初は遠くからこっそり写真を撮ろうと思ったが、スキンヘッドでなんか良い人そうだったので「シャシントッテイイデスカ?」と聞くとニカァーっと笑ってポーズをとってくれた。

Guam18やっぱり海外に行ったらこれ。実弾射撃演習。前回ハワイで22口径と9ミリパラベラム弾を撃ったので、今回は別の弾をチョイスした。357マグナム弾、44マグナム弾、.45ACP、それにショットガン。えへ、大型拳銃ばっかりデス。拳銃はS&W M19、M29、M1911ガバメント、モスバーグM500だったと思われる。リボルバーなんてどれも同じに見えるから困る。それにしてもどいつもこいつも反動がすごい。ベレッタがとても撃ちやすく感じた。ガバメントを撃っていると、店員が「バーン、バーン、バン、バン、バン」と、「連射しろ」とあおってくる。けど、反動はすごいし時々ジャムるしもう無理。最後に撃った散弾銃も、大さんなんであんなに簡単に連射できるの?ってくらい反動があるし、ポンプアクションも重い。
やっぱりベレッタいいなぁ、と思った演習だった。

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2007.09.19

絶対国防圏最前線

Guam16東北にあるハワイでフラダンスのショーを見てその迫力に虜になった。今回本場のポリネシアンダンスを見ようと、ホテルでやるディナーショーを奢った。ビュッフェ付ののディナーショーで、ステーキ食べ放題とかもうガツガツ食って食後にダンスやショーを楽しもうという趣向。
さすが本場のダンスだったが、逆に驚いたのがスパリゾートハワイアンズのレベル。少なくとも私が今回見たショーとなんら遜色は無かった。ファイヤーナイフダンスの迫力も同じくらいで、火食いの回数はスパリゾートハワイアンズのショーのほうが多かったくらいだ。40年近い歴史は伊達ではないと思った。
Guam12アメリカにとって9月11日は特別な意味を持つ。グアムに行ったのは9月9日だったのだが、さまざまな場所で半旗が掲げられていた。もちろんこれは同時多発テロの犠牲者を悼んでのことである。ちなみに昭和な私にとって同時多発テロといえば1985年11月29日に起きた国電同時多発ゲリラ事件である。浅草橋駅焼き討ちなんて思春期の私には大きな衝撃だったなあ。
上の写真はアガット海岸(当時の昭和湾)にある太平洋戦争国立歴史公園に残る日本軍の短20cm砲である。
Guam13この太平洋戦争国立歴史公園には小高い丘があり崩れたトーチかが残る。トーチカからはアガット湾が一望でき、往時がしのばれる。昭和湾には2万人のアメリカ海兵隊が上陸、それを迎え撃つ日本軍はわずか3000人だったという。このトーチカから見える、当時の海にはどんな光景が広がっていたのだろうか。
当時日本はこの島から追い出されてしまったわけだが、今こうして島のあちこちで日本人を見ることが出来るこの時間の移ろいを考えるとなんだか切なくなるというか虚しくなるというか悲しくなるというかとても複雑な気持ちになる。
Guam11団塊の世代が腰を上げるときは「よっこい庄一」と皆が声を上げるが、アガット湾を守備していたのは陸軍歩兵第38連隊で、この中にその横井庄一さんもいた。
横井さんはアガット湾からジャングルを彷徨い、タロフォフォという滝のあるそばに洞穴を掘りそこで約28年生活していた。
写真は洞穴(レプリカと知ってショックだった)で、アガット湾からここまでクルマでもかなりの距離があり、その逃避行すら想像を絶するものがあるが、そこで28年人知れず暮らすとは…
ちなみに彼が日本に帰還したのは私が2歳のとき。私が生まれたときに戦争が終わったと知らなかった人がいたという事実もまたある意味ショックだ。

横井さんは日本に帰還後すぐに結婚し、新婚旅行でまたグアムを訪れ、ニッポンレンタカーグアムでクルマを借りたとか。返ってきてすぐにグアムに行くのもすごいなと思ったが、そのときすでにニッポンレンタカーがグアムに営業所を開いていたのがかなり意外だった。
Guam14アガット湾のそばにあったサンドイッチのサブウェイに入った。雰囲気は日本のサブウェイとあまり変わらないが、パンのサイズが微妙に大きめなのとドリンク飲み放題なのは相変わらずだった。

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2007.09.17

グアムあれこれ

Guam7
グアムは、かつてはチャモロ人と呼ばれる人たちが先住していて、そこをスペイン、アメリカ、日本、そして再度アメリカと占領されてきた数奇な運命をたどってきた。フランスの植民地だったベトナムにフランスの香りがするのと同様グアムもスペインチックなものがあるのかと思ったが、完全にアメリカだった。ヨーロッパ的なものなんて何にも無かった。50年近く日本の統治下にあった台湾にあるようなジャポネスクな建物も、わずか数年の占領下では出来るはずもなく、また米軍のグアム攻略で跡形も無くなってしまったようだ。
それにしても当時のスペインはすごい。帆船でこんな小さな島までやってくるなんて。

Guam6ハワイは日本人だけでなくアメリカ本土からの観光客も多く、夜でも日本人以外の人たちがたくさん街を歩いているが、グアムの繁華街はそれこそ日本人しか見かけない。観光客の7割、観光収入の9割を日本人が占めるともいわれ、右も左も日本人ばかりなりけり。ジャンクフード屋の飲み物が飲み放題であるところで何とか「アメリカ」らしさを保っている。
マイクロネシアモールやグアムプレミアアウトレットにあるフードコートなんて最高にウキウキする。食べ物はバッチリ私に合っていた。ビバ!ジャンクフード。
Guam10ABCマートに売っていたスパム。これが意外と美味い。ハムを巻いたおにぎりなんだけど、「スパムってこんなに美味かったっけ?」と思ってしまうほど。でも$2.45は高い。
同じABCマートでペプシ6本セットを3ドルぐらいで買って安い!と思ってたら、田舎のスーパーでは1本50セントで売っててびっくりした。

Guam5日本では売っていないトヨタのFJクルーザーがアチコチで走っていた。このクルマをはじめてみたとき、結構高いんだろうなーと思ったが、グアムでのお値段は約300万円だった。案外安いなー。でもハマーもH3だったら断然こっちの方がいい。メイドインジャパンだし。

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2007.09.15

遅い夏休み

Guan1毎年夏休みは9月に入ってから取っている。
もはや秋の気配さえする時期だが、9月に入ればツアーもかなりお安くなる。
一昨年はハワイ、昨年は沖縄に行った。やはり私の夏休みと太平洋戦争は切り離せないので、今年はグアムに行ってみた。本当は硫黄島に行ってみたいのだが。

ハワイに比べてグアムは近い。時差も1時間しかないし、日本が66年前容易に占領できたのもわかる気がする。
今回はノースウェスト航空をチョイス。というか、グアム便って航空会社が日本航空かノースウェスト、コンチネンタル航空しか飛んでないとか。スターアライアンスLoveなので全日空などが選べないのはちょっと残念。
ノースウェストといえばちょいちょいパンクして成田の滑走路をふさぐ。口の悪い航空ファンは「ノースワースト」なんて言ったりするが、今回はそんなこと無く無事グアムに到着した。
Guam3飛行時間は3時間ちょっとで沖縄へ行くのとそれほど大差はないのだが、やはり出国や入国にかなり時間が取られる。やっぱり国内旅行のほうが時間有効に使えるなと実感する。あー、戦争に勝ってればなーとちょっとぼやいてみたり。
そんなこんなで家を出てから約10時間近くかけてようやくホテルに着いた。ホテルの窓からは海とグアムの繁華街が望める。泊まったホテルはデューティーフリーショップ(DFS)に隣接している。ちょっと離れたショッピングモールからでもDFS行きのバスや無料タクシーが出ているので遊ぶには便利なホテルだ。
ホテルを入ったところに美味しそうなコーヒーショップがあり、そこでホットドッグを買った。別の日にこの店の前で男女ペアの警官がドーナツとコーヒーを食べていてまんまサードウォッチだった。写真を撮りたかったが、なんとなく声がかけづらく、撮れたのはこんな写真。
Guam2


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2007.09.06

時代は変わった

JRの運転士が、列車の行き違いを待つ間に、運転席でパズルをしていたことが分かり処分を検討されているらしい
処分が下りるのは止むを得ないとしても、運転中というわけでもないしそんなに厳しいこと言わなくてもいいのに…とは思う。
昔はマンガ読みながら運転してたのに…(苦笑)

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2007.09.01

オートマにできること

私が自分で購入した車はすべてマニュアルトランスミッションだ。MTは正直面倒くさいけど、すべてがオートメーション化に向かう現代において最後の砦だと思いMTに乗り続けている。
MTにできてATにできないと言われていることのひとつに「押しがけ」がある。エンジンが止まった状態の車を押して始動させる押しがけはオートバイではよく使われるがクルマでももちろんできる。交差点でエンストした際にタイミングよくクラッチをつないでエンジンを再起動できたときは、スタートに失敗しながらうまくリカバーしたF1パイロットな気分に浸れる。

ところでMTの専売特許のような押しがけだが、実はAT車でもできる。
やり方はとても簡単だ。まず、キーをオンにしてセレクトレバーをNレンジにセット。次にクルマを押して時速60キロぐらいまで持っていく。ここでセレクトレバーをDレンジに入れればエンジンはかかる。
試す場合は自己責任で。私も307CCで試す気は起きない。

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