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2007.09.19

絶対国防圏最前線

Guam16東北にあるハワイでフラダンスのショーを見てその迫力に虜になった。今回本場のポリネシアンダンスを見ようと、ホテルでやるディナーショーを奢った。ビュッフェ付ののディナーショーで、ステーキ食べ放題とかもうガツガツ食って食後にダンスやショーを楽しもうという趣向。
さすが本場のダンスだったが、逆に驚いたのがスパリゾートハワイアンズのレベル。少なくとも私が今回見たショーとなんら遜色は無かった。ファイヤーナイフダンスの迫力も同じくらいで、火食いの回数はスパリゾートハワイアンズのショーのほうが多かったくらいだ。40年近い歴史は伊達ではないと思った。
Guam12アメリカにとって9月11日は特別な意味を持つ。グアムに行ったのは9月9日だったのだが、さまざまな場所で半旗が掲げられていた。もちろんこれは同時多発テロの犠牲者を悼んでのことである。ちなみに昭和な私にとって同時多発テロといえば1985年11月29日に起きた国電同時多発ゲリラ事件である。浅草橋駅焼き討ちなんて思春期の私には大きな衝撃だったなあ。
上の写真はアガット海岸(当時の昭和湾)にある太平洋戦争国立歴史公園に残る日本軍の短20cm砲である。
Guam13この太平洋戦争国立歴史公園には小高い丘があり崩れたトーチかが残る。トーチカからはアガット湾が一望でき、往時がしのばれる。昭和湾には2万人のアメリカ海兵隊が上陸、それを迎え撃つ日本軍はわずか3000人だったという。このトーチカから見える、当時の海にはどんな光景が広がっていたのだろうか。
当時日本はこの島から追い出されてしまったわけだが、今こうして島のあちこちで日本人を見ることが出来るこの時間の移ろいを考えるとなんだか切なくなるというか虚しくなるというか悲しくなるというかとても複雑な気持ちになる。
Guam11団塊の世代が腰を上げるときは「よっこい庄一」と皆が声を上げるが、アガット湾を守備していたのは陸軍歩兵第38連隊で、この中にその横井庄一さんもいた。
横井さんはアガット湾からジャングルを彷徨い、タロフォフォという滝のあるそばに洞穴を掘りそこで約28年生活していた。
写真は洞穴(レプリカと知ってショックだった)で、アガット湾からここまでクルマでもかなりの距離があり、その逃避行すら想像を絶するものがあるが、そこで28年人知れず暮らすとは…
ちなみに彼が日本に帰還したのは私が2歳のとき。私が生まれたときに戦争が終わったと知らなかった人がいたという事実もまたある意味ショックだ。

横井さんは日本に帰還後すぐに結婚し、新婚旅行でまたグアムを訪れ、ニッポンレンタカーグアムでクルマを借りたとか。返ってきてすぐにグアムに行くのもすごいなと思ったが、そのときすでにニッポンレンタカーがグアムに営業所を開いていたのがかなり意外だった。
Guam14アガット湾のそばにあったサンドイッチのサブウェイに入った。雰囲気は日本のサブウェイとあまり変わらないが、パンのサイズが微妙に大きめなのとドリンク飲み放題なのは相変わらずだった。

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コメント

ごつさんは本当にものしりですね。
女子は全般的にそうかもしれませんが、戦争のことや歴史について
全然知識がありません…
フィリピンにいた時にコレヒドール島観光に行ったけど
ここも男性にはかなりの人気スポットのようでした。

東北のハワイは私も近々行くかもしれません!

投稿: ロコ | 2007.09.19 21:19

あれこれ調べまくってからブログを書いているのは内緒です。
コレヒドール島も、今調べて「あー、マッカーサーがいたあの島でしょ?」なんて訳知り顔でレスを書いたりしています。アイシャルリターン。

東北のハワイは必見ですよ。できれば夜にあるポリネシアンショーを見たいところです。
プール系は湯ネッサンのほうが充実している気が…(笑)

投稿: ごつ | 2007.09.21 00:14

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