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2008.06.14

昭和と平成の融合

最近仕事で三多摩地区を周っていて、気になる交差点を見つけた。
青梅駅のそばにある「鉄道公園入口」というその交差点は、しかし周りを見てもそれらしい施設は見当たらない。
先日意を決してその交差点を曲がり、山の奥に向かって車を走らせて見た。

しばらく進むと上り坂になり、ふと左を見ると広場に置いてある新幹線が目に入った。
こんな山の上に交通博物館みたいな施設があるんだ・・・と思いつつこじんまりとした駐車場に車を止め、公園に入ってみることにした。
入口のある建物にJR東日本と看板が立っているのを見てJRの施設なんだと気づく。
正式名称は青梅鉄道公園というらしい。入場料は100円。昔の羽田空港展望デッキ入口にあったようなアームがぐるぐる回るゲートに100円玉を入れて入場する。
園内には主に機関車が多数展示されているが、目をひいたのがクモハ40。
Pic28145
私が小学生の頃、南武線はほとんど101系の混色電車が走っていたのだが、ときたま茶色い電車を見ることができた。しかしそれも瞬く間に姿を消し、茶色い電車(通称チョコ電)に乗った思い出は半ば幻の思い出になった。
今見ても懐かしいなぁ。この電車は青梅線を1978年まで走っていた車両だとのことだが、たぶん南武線でも同じ頃まで走っていたと思う。
南武線の武蔵溝ノ口で交差する東急田園都市線はその頃からオールステンレスワンハンドルマスコンの近代的な8500系が走っていたので、「南武線は茶色い電車が走っている」とネタにしていたが、当時は木造電車だと思い込んでいたと思う。もちろん鋼製車なのだが床は木だったと思う。
Pic29358懐かしむように車両を隅々まで見ていてなんとなく違和感が。
この「横コツ」という略号表記は、東海道線に乗っていた頃はよく見かけたがJR東日本横浜支社国府津車両センター所属の車両であるという意味である。
昭和10年に作られた車両に平成8年に発足した国府津車両センターの略号である横コツ表記を見るとは思わなかったが、この車両は2000年までイベントなどで本線上を走っていた車両で、国府津に車籍があったのだ。
つい先日まで実際に走っていた電車がここで動くこともなくひっそりと佇んでいるのもなんとなく裏寂しいものがあるが、ブレーキ性能の問題等でもう本線は走れないらしい。残念だ。

Pic24464この公園に展示してあるのはほとんどが蒸気機関車だ。D51の運転台に入っていろいろ探索していて目に付いたのがATS装置。ちゃんと警報ランプと復帰ボタンが装備されている。
職人機関士が汗を流しながら機関車を重々しく駅構内に進める時に響き渡る「ジリリリリリリリ」という警報音。そして復帰ボタンが押されて「キンコンキンコンキンコン」と軽やかに流れるチャイムを想像すると、鋼鉄の塊で歴史的な産業遺産であるSLも113系と同じ鉄道車両なんだなぁと実感する。

Pic26962
そして一番最後に気になったのが、公園の片隅にたたずむこの戦闘機。
どこの隊長機?

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コメント

横コツ のコに濁点をふりたい衝動にかられます。

>どこの隊長機?

うお〜!ダブルナッツ!wwww

投稿: しらの | 2008.06.15 21:08

最近、ダブルナッツっていうのは広く人口に膾炙する名詞になったの?wwwww

ボクは電車のことあんまりよくわからないんですが、南武線に1978年まで運用されていたのは同じ20m車でも4扉のモハ72系ですので、この40系は南武線用としては違いますね、晩年は青梅・五日市線用でした。ということで、晩年を過ごしたゆかりの地に帰ってきたともいえるのですが・・・屋根はついているとはいえ、屋外保存なのはどうかと。ちなみに、国府津車両センターに改称されたのは確か2004年ですから、この電車が所属していたのは国府津電車区ですね。
ブレーキの問題は、都電の6000形などももろともとばっちりを食って廃車になってしまいまして、本当に京○はんはいらんことをしてくれましたわ。

ヒコーキの件は、このマーキングは海兵のVMFA-351のものですね。一見1976年の建国200年記念塗装、バイセンテニアル・マーキングのように見えるトリコロールカラーですが、同隊の尾翼マーキングはこのいわゆる"バイセン・バード"とは異なる部隊オリジナルのマーキングらしいです。運の悪いことに、翌年すぐに解散させられてしまうのですが、こういったものにそんなマイナー部隊(なんたって、部隊ニックネームすらわからないのです)のマーキングが継承されるのは?????(赤と青のパターンが上下・前後逆ですが) ちなみに、テイルコードは「MC」(これに書かれていたの何でした? やっぱりNF?)、1年だけの存在で当然空母に展開した経歴はありませんから、モデックス3桁は誤り。機種下面のIRシーカーがついているのは、予備役でお古のB形しか装備したことがないので考証としてはグ〜。細かいこと言うと、主翼下の370ガロン増槽は海軍ではあまり使用せず(空母のデッキ上でデッキクルーが見えにくくて危険だという理由らしい)、胴体中心下の600ガロン増槽1本(こっちの方が耐G制限は厳しいのですが)が標準的なコンフィギュレーションだったから若干違和感。
ま、そんなことはおいといて、このいい色合いのガルグレイと機種のアンチグレアのブラックが描く曲線がいいですねえ・・・昔は海軍機は皆こうだったんだよなあ・・・

投稿: 青軍 | 2008.06.16 00:59

>しらのさん
白いビニールテープなら有り?(いけません)

>青軍さん
えーっと、まずどこからつっこめばいいんでしょうか(笑)
この後調べたら南武線には走っていなかったようで、ちょっとガッカリしたんですが(^-^;、静態保存というだけでもうどうかと思いますよ。
ココでじっとしているくらいなら、東急7700系みたいにVVVFに載せ替えてバリバリ走ればいいのに。

国府津“電車区”だとどうにも東コツのイメージがあるんですが、横浜支社国府津電車区だった時代もあったんですね。

この戦闘機、テールにはNAVYって書いてあるんですよね…マリンコだったんですか。
テールコードはピクセル等倍で見るとHEって書いてあるようです。
100円でベーボーいいながら動く子ども騙しの乗り物を、遠くを見つめるまなざしで見ていただいて有難うございます(笑)

投稿: ごつ | 2008.06.16 02:14

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