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2009年5月

2009.05.28

ハンバーグ

Btm
横浜駅西口の、猥雑とした一角にある立ち食いそば鈴一の店前でそばをすする人たちをすり抜けて東急ハンズに向かって歩く。
出会い系ネットカフェなどという男女の欲望が絡み合う新商売の呼込みをスルリとかわすと、そこに木々と塀に囲われた古い日本家屋が現れる。
そこが戦後すぐに創業し、高級料亭の雰囲気をかもし出す「あいちや」だ。
夜ともなれば西口繁華街に相応しい今流行のVIPカーに負けず劣らず…、というかホンモノのVIPカーが玄関に横付けされるこの料亭は一度行ってみたい店の一つ。
で、今回はその隣のビル地下にある「ビックサンダー」というハンバーグ&ステーキの店に行ってみた。あいちやはまた今度。

階段を下りると天井にインディージョーンズにでてくるようなトロッコのレールが走っていたりディスプレーが凝っている。オールドアメリカンな雰囲気がなかなか。
ただ、この手の店ではありがちといえばありがちなコンセプトで、正直目新しさは無い。

Mitokun食べたのは5月中はオープン記念で通常800円が500円という180gハンバーグ。これにライスとスープのセット300円を一緒に頼んだ。
ハンバーグは大きめのこぶし大で運ばれ、店員さんが目の前で二つに割って最後の焼きを自分の好みで入れる。
これがふんわり柔らかでとてもジューシー。店の雰囲気はハングリータイガーっぽいけどこのお値段はリーズナブル。
いっくら探しても店のホームページが見つからないのだが、もしかして個人経営なのかな?ちょっと良いお店ができたという感じだ。

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2009.05.27

ららぽーとで餃子

Himitunogyouza幕張を昼過ぎに切り上げ、ちょいとした野暮用をこなし、向かった先は豊洲のららぽーと。ここ、正式名称はアーバンドック ららぽーと豊洲だとか。
豪華客船「ぱしふぃっく びいなす」やイージス艦「ちょうかい」を造った造船所跡地に建てられたので「ドック」なのだが…銀座の目と鼻の先でイージス艦造ってたんですね。

ららぽーとでは噂を聞いて気になっていた餃子の福包に行ってみた。
餃子専門のお店でラーメンなど邪道!とばかりにメニューは餃子と少々の一品メニューのみ。
という訳で焼き餃子と水餃子、肉味噌もやしに鶏皮ねぎ、ごはんにあんかけ玉子ご飯を頼んだのだが…これが全部美味いのなんの。
あんかけ玉子ご飯は想像を超えるうまさだった。しかもどれもリーズナブルなのがうれしい。
一品はやや少量なので食べ応えという面では若干物足りないかもしれないが、その分いろいろ頼んで楽しむってのもアリかと。

と、朝から晩まであちこち動き回って楽しんだ一日であった。
FFEでお世話になった皆様、また遊んでくださいまし~~m(_ _)m

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写真は苦手

最近、プジョー仲間のまついさんの写真熱がすごい。
ブログが写真ブログになりつつあったのだがどうやら別ブログを立ち上げるらしい。
私も写真は好きなのだが、まついさんの撮るような、いわゆる静物写真がどうにも撮れない。
あとポートレートなんかも苦手だ。
たぶん昔っから乗り物の写真しか撮ってなかったし、報道カメラマンってカッコいい!って思ってたから…
Meguminodaigo
こんな写真とか
Outenzyoutou
こんな写真を撮る時は熱くなるんだけど、ネコとかリンゴの写真はどう撮っていいのかよく判らない。

と言うわけで…

Robi
横浜の老舗ホテル、ニューグランド本館ロビー。
昭和2年に建てられた横浜の老舗ホテルは、マッカーサー元帥が降り立った厚木基地からここに直行した事で有名。
このエレベーターもマッカーサーが乗り降りしたと思うと感慨深いものがある。

みたいな。うーん、難しいですぅ…

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2009.05.26

FFE幕張でピカソとの再会

Seizoroiフランス車が集まってだらだらと過ごすゆる~い集会、FFE(フレンチフレンチイースト)幕張に行ってみた。
いつもは特に意味もなく集まってくだらない(失礼)話で盛り上がって何か食べて帰るという非生産的(重ね重ね失礼)な時間を過ごすだけだったのだが、今回は違う。
「短ピカソ(5人乗りピカソ)を見る」という大きな目的をもって千葉に乗り込んだのである。

といっても、日本に数台しかないという短ピカソ。オーナーさんとは一度、横須賀ソレイユの丘であったFFEでちらっとお話しさせていただいただけ。今回のFFE幕張に来るかどうかも判らない中での強行軍である。

首都高大黒パーキングで土砂降りの中まついさんと待ち合わせ、お互いびしょびしょになりながら会場であるカルフール幕張店屋上の駐車場に到着。
クルマを並べて止めると、アルミナムグレーのCCがやってきた。
ん?Blueforceさん御早いお着きで…と思っていると右ハンドル。
購入して8カ月というA.L.F.Aさんでした。
なんでそんな人ばっかり、とも思うがA.L.F.Aさんも距離計がいささか誤作動を起こしているそうで納車後すでに3万キロ走っているとか。
次回赤れんがFFEにも参加を予定されているとのことで、今後ともよろしくお願いいたします。

すぐにBlueforceさんも到着し、A.L.F.Aさんの隣に駐車し左右対称S16が完成した。

Pikasotocc期待していた短ピカソは見当たらず。7人乗りも数台という寂しさ。
まあ時間も早いしということで店内に入りお買い物タイム。
あっちゃこっちゃウロウロしていると、Blueforceさんより「キターーー」とメールが。
あわてて戻ると、横須賀以来2度目となる短ピカソとご対面。
前回は全く興味が無く「へー、ディーゼルなんだ。排ガス規制もきっついのにスゴいね~」とほぼスルーだったのに…
オーナーのさんきちさんともじっくりお話しさせていただき、ご厚意に甘えて運転席に座ったり後席に座ったり。はたまた荷室を確認してリクライニングの具合も見て…などなどディーラーの展示車並みにあちこちいじらせていただいた。

Tanpikasoいやこれイイ!パッケージングは5ドアハッチバックなんだけど天井は高いしミッションは6速EGSという本当のセミオートマチック。(ちゃんとクラッチ板があり、普通のATにマニュアルモードをつけたようななんちゃってでは無い)
背の高い307SWかな。比べればちょっと荷室は狭い気もするが。

国内正規ディーラーでは取り扱いが無いので並行輸入するしかないのだが、そうすると自走不能になった時にレンタカーまで貸してくれるシトロエンアシスタンスや残価設定ローンが使えない。
これはいろいろと悩みどころである。
そして最大の問題が駐車場。現在借りているところは全高1550mmの制限付き。実測値では1600mmはあるのだが、短ピカソのカタログ値は1680mm。実車は若干低いようだが、あとはもう実車が入るかどうかである。
プジョー・シトロエンのモディファイで有名なYMワークスで35mmダウンサスってのを見つけたり、タイヤサイズを変更すればいけるんじゃないかと思ってみたりして。
あちこちに「ランクルの駐車場を明け渡せばいいじゃないか」と声高に叫ぶ人がいて困る(笑)。とにかくプジョーの入れ替えなのだからあの立体駐車場にどうにか押し込んでみせるゼ!

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2009.05.23

ダ・ヴィンチ・コードを見た

録画したのを見たのだが、いやー、難解難解。
大雑把なストーリーはなんとなく理解できたが、それでも何回も巻き戻して再確認しながらの映画鑑賞。
普段使わない脳みそをフル回転させた感じ。映画館だったら耳から煙が出てたかも。

しかも途中から出てくるクルマばっかり気になっちゃって。
主な舞台がフランスなだけありおフランスなクルマがいーっぱい。プジョー407の機捜車(?)はカッコよかった。
あと806の警察車両、これもキテた。Blueforceさんの807が納車されたらとりあえず青色回転灯を載せてみよう。

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2009.05.22

新型インフル、関東きました

Masukuそれにしても不思議な病気である。
感染者の8割が高校生というのも不思議だが、各国の感染者数がまた興味深い。

あれだけ必死に「水際作戦」を取ってきた日本で感染者が200人を超えているのに、すでに国境という概念が薄く、日本のような検疫体制が取りにくいヨーロッパはスペインやイギリス(日本と同じ島国なのが気になる)が100人台なのを除きすべて10~20人に納まっている。
そういう意味ではEU全体で何人、と見たほうがいいのかもしれないが、それでも人数は少ない。

関東でも感染者が出始めたのでそろそろ感染予防に本気を出そうかと思ったが、目の粘膜からも感染すると聞いてやる気がうせた。目をつむって生活しろと?
今冬、あれだけ流行ったインフルエンザに、なんにもしないノーガード戦法で立ち向かって勝利した私だ。今回も何とかなるだろう。

これ、国が戒厳令を発令し「1週間1センチたりとも家から出るな」と命令すれば抑え込むことはできると思う。
でもこれは「国内での自動車の運転を禁止すれば年間6000人の命が救われる」っていうのと同じくらい「わかっちゃいるけどできっこない」こと。

はてさて、我が家には春先の花粉症対策で転がっていたマスクがある。
でもいろいろ話を聞くとマスクよりも手洗いのほうが重要っぽい。ってことは手術用の使い捨て手袋を用意して1時間ごとに交換するほうが効果あるんじゃないか?
ま、罹ったかな?と思った時はマスクをして引きこもり、ウィルスをばら撒かないようにする覚悟はできている。

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2009.05.19

ご老体

Giabokkusu最近、ランクルのギアの入りがすこぶる悪い。
昔の、長ーいリンケージで車体後部にあるシンクロ無しのミッションを駆動していたバスを運転しているようだ。運転したことないけど。

このランクルは6年前に入手した平成8年モノなので初年度登録から13年経っている年代物だ。
しかもミッションはその前に乗っていた平成元年式のランクルから移植したものなので、かれこれ21年も動いている働き者。

年数は経っているけど総走行距離はまだ17万キロくらいか。
一度もクラッチ交換やオーバーホールをしていないのでなかなか頑張っていると思う。
そろそろお金をかけてあげるべき時期が来たのだろうか…

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2009.05.18

昼間のパパは~

忌野清志郎さんが亡くなった。

一番思い出深い曲は糸井重里作詞の「パパの歌」。
91年、清水建設のCMで使われた歌である。
CMでは、昼間のお父さんは家でゴロゴロしているお父さんと違ってかっこいいんだぜ!というメッセージを建設現場で働くお父さんの姿で伝えている。

このCMでは、当時清水建設の新社屋として建設中だったシーバンスがロケに使われている。
実はこのビルの建設には私も一役買っている。
当時、建設現場の什器搬入や後片付けのバイトをしていた。
あのビルのN館、今は兼松が入っているフロアはオレが作った。机運んだだけだけど。

と言うわけで、忌野清志郎さんの名前を聞くとあの歌とこのビルと当時のバイトの事を思い出すのである。

合掌

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2009.05.17

新型インフルきました

神戸で海外渡航歴のない方の新型インフルエンザ感染が確認された。
さてどうしたものか。
この冬に普通の、いわゆる季節性インフルエンザが流行った時、職場で4人の発症者が出た。
職場といっても1フロア総勢20名ほどの社員の中で4名の発症である。なんと発症率20%!
社内は「パンデミックだっ!」と大騒ぎになり、ほとんどの人がマスクなど自衛策を取った。

マスクによるインフルエンザ感染予防対策の実効性についてはいろいろと議論がある。
米国医学研究所は2006年、パンデミックに際してマスクを使うなとは言わないが、本当に有効であると期待はすべきでないと結論付けている。
私は眼鏡をかけていることもありマスクが苦手で、花粉症がひどくてもつけたことは無かった。
そのときもちょっと迷ったのだが、マスクよりも手洗いとうがいの励行、そしてなによりインフルエンザウイルスに負けない体力と抵抗力をつけるべく運動とカロリーメイトなど(笑)栄養バランスの取れた食事に気を配ったおかげかインフルエンザに罹ることは無かった。

どんな対策を取るべきか。意味無く大騒ぎするなんてバカらしいし、いろいろと悩みどころである。

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2009.05.16

情報を制するもの、全てを制す…

GuransenikkusakoM-X(Mycar-eXperimental:次期自家用車)選びにかまびすしい月初であった。
火がついたのは、おなじみプジョー仲間のBlueforceさんがついに乗換えを決断した頃だったかもしれない。
Blueforceさんは5速MTのミニバンが欲しいなどと訳のわからない事を供述しており、捜査当局は慎重に捜査を進めていたのだが、なんと遂に欧州からの輸入という禁断の果実に手を出してしまったようだ。
購入したのはプジョー807。日本未発売のプジョーのミニバンである。
807の前期モデルである806(左ハンドル5速MT)を運転した事がある。
まあプジョーなんてフツーの乗用車メーカーである。そのプジョーが作るミニバンもいたってフツーである。
でもMTのミニバンは堪らんネ。MTのハイエースを運転している感覚なんだけどインパネ回りはちょっとお洒落な乗用車。
このモデルはユーロバンと呼ばれシトロエン、フィアット(ランチア)ブランドでも売られておりヨーロッパではフツーのミニバンなのだが、日本で見るとスペシャリティー感がグッと上がる。

この一件で「ワゴン車」良いなぁ〜…と。
実は子供の頃からワゴン車が大好きで、まだミニバンなんて言葉が無かった頃からバネットボンゴが欲しくてたまらなかった。親は買ってくれなかったが。

で、ほんの数ヶ月前まで1ピコリットルも興味が無かったシトロエンのC4ピカソに試乗してヤられた。
わたしは国内外どのメーカーにもこだわりは無いのだが、C4ピカソは国産ミニバンには無い魅力が確実にある。
国産車もセダンやスペシャリティーカーの内装なんて私大好きなのだが、ノアとかセレナと比べたら断然ピカソだ。
価格でいえばアルファードなんかとも良い勝負になってしまうのだが、少なくとも前席はピカソのほうがいいと思った。(後席の豪華さはさすがにアルファードかなぁ…)

横浜の港北区にあるカーボックスというお店にもいってみた。
そこで見たのが冒頭の写真、ENAULT Grand Senic 2.0 Glassroof ph2である。
これがまた良い!
屋根はオールガラス張り。しかも前半分はちゃんと開く。ディーラー試乗車だったとかで程度は極上、値段も魅力的。
いや〜、輸入車ミニバンはいいね〜

先日の閣議で307CCの今回の車検は通す事が決定したので、今すぐの乗換えというわけではないが、次の次の車検なんてすぐにやってくる。
暇を見つけてはちょいちょい情報を集めようかと思う。
で、807を見て「キタコレ!!」となったらウチも…

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2009.05.12

JAFストーリー ~うれしかったあの救援~

今から10数年前の話。初めてのマイカー、ランクル60に乗っていた頃の事。
アマチュア無線のイベントで千葉県南房総市にある富山(とみさん)山頂に行った。
富山は『南総里見八犬伝』の舞台になった山で歴史のある由緒ある山だ。この山頂の駐車場まで道が整備されており、どんな車でも容易に登る事ができる。
で、この駐車場にクルマを止めたとき、ふと山頂の広場から続く、ランクルがギリギリ走れるくらいの細い道が目に付いた。
山肌に張り付いたその道は、ガードレールも何も無い超天然の山道。くだらないチャレンジングスピリットに無駄に火をつけるに充分な道だった。
特にゲートやロープで規制されているわけでもなく自由に入れる道の先にNTTか何かのアンテナが見えるので、そのための道だろうことは想像がついた。
「ちょっと行ってますか」
先輩(ビッグホーン乗り)を誘い、彼を先頭にその細い道を登ってみた。
道に入ってすぐ、「ん?ちょっと…狭いな…」と思ったが、ビッグホーンがスルスルと登っていくので後を追った。
が、道の先がどう見てもビッグホーンの車幅より狭くなっている。「こりゃヤバイな」とクルマを止めたその時、ビッグホーンの左タイヤが路肩を踏み外し、ガクッと左に傾いた。
やっちまった。
私は広場に戻りクルマの向きを変えてビッグホーンを引っ張ってレスキューしよう考え、ギアをバックに入れゆっくり後退しよう、と思ったとき、私も路肩を踏み外した。

擱座した船が二隻並んでいるかの様相に同行の友人たちはドン引きだったようだが、なんとなくウキウキしている私がいた。
ランクルのフロントにはPTOウインチが装備されていたが、こういうときに限ってシェアピンが飛んでいて使い物にならず。(使えたとしても他にレスキュー道具は持っておらずウインチ一個でどうにかなるとも思えなかったが)
で、困った時のJAFである。
当時ようやく普及しだした携帯を持っていた(ちょっと自慢)のでさっそくJAFに電話をする。
場所を伝えると電話の声にちょっとした戸惑いを感じた。
近所にJAFの拠点が無いので提携している業者を向かわせるので直接話して欲しいと言われ、連絡先を教えてもらった。
その業者は地元の自動車修理工場とのことで地理にも詳しく、場所を伝えたら「すぐ行くよ~」とのこと。
どんな車で来るのかな。強力なウインチで引っ張ってくれるのかな。プロのテクニック盗むぞ。とワクワクしながら待っていると、なんと工場のおじさん、バイクでやって来た。
「いや~、ここはウチの2t車入って来れないからね~。道具貸すからさ、自分たちで出してよ。人いっぱいいるみたいだしなんとかなるでしょ」
「……」

確かにメンツだけはそろっていたが…
と言う訳でまた別の車でそのバイクを追って下山し、ふもとの修理工場に到着。場所は今でも覚えている。先日野島崎に遊びに行ったときも見たがまだ健在だった。
ここでありったけのワイヤーロープとチェーンブロックを借りる。

すぐさま山に戻りレスキュー作業の開始だ。
チェーンブロックはレスキューにはまったく向いていないアイテムだ。
チェーンをクルマに掛け巻き取るのだが、構造上チェーンの長さの半分しかクルマは動かない。
1回掛けて動くのは2、30センチである。
まずクルマの前方をチェーンで固定、後方を巻き上げ固定。で、前方を巻き上げる。これを数十センチの単位で繰り返す。
同時に崩れた路肩の修復作業や後退時の路盤の確保などを同時に行い、数時間掛けて2台の救出が完了した。
もう大拍手である。なんだか大勢の力を合わせ一つの難事業を完遂した高揚感に満ち溢れていた気がする。あの時あの山頂には。

変な高揚感とともに修理工場へ道具を返しに行くと、おじさんは極めて冷静に「はいこれ」
道具利用料の請求書。
いや、もちろん判るんですよ、それは。当時私も一年生とはいえ立派な社会人でしたし、物が動けばコストがかかるってことは百も承知ですよ。
でもね、なんかね、「あ、やっぱり?」て感じ?。
でも道具を貸してくれたからこそ今ここでそんな昔話をブログで語ったりもしている訳だし。とても感謝しているし今ではいい思い出だ。

いやでもバイクで山道をとことこ登ってきたおじさんの姿とあの修理工場はきっと忘れない。

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2009.05.09

ときどきヒコーキ

Kiちょっとヒマだったので厚木に行ってみた。
厚木に向かう途中、とある事情通氏より「#200が降りるよ~」と連絡があった。
そういえば新聞に原子力空母ジョージワシントンの修繕工事が終わり試験航海に出たなんて記事が載っていたっけ。
時間的に間に合いそうに無かったのだが、撮影スポットの駐車場に車を止めると周囲のマニアが空の一点に向けカメラの照準を合わせだした。
私もあわてて撮影の準備をしてどうにかこうにか。ここぞで木がかぶるのは仕様です。
Irotuki
F-18 VFA-27 Royal Maces#200
このあとは何も来る予定無し、とのことでちょいとした野暮用もあったので現場引き上げしたのであった。

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2009.05.08

564S列車で行こう!

先日の横須賀線には参った。いや、正確にいえばたいして参りはしなかったのだが、いやはや参った。
ニュースでも報道されていたが、久里浜発津田沼行横須賀線が新川崎駅手前の高架で非常ブレーキが解除できなくなる故障が原因で横浜から首都圏に向かう交通機関がマヒしてしまったのだ。

故障のきっかけは京浜東北線の人身事故で、この事故で発報された防護無線を受信して掛けた非常ブレーキが解除できなくなってしまったらしい。

私は家を出る直前、横須賀線が止まっているとのニュースを聞いたが、とりあえず通常通りに出発。
雨が降っていたので横浜まで相鉄線で向かい、横浜駅で惨状を目の当たりにする。
一番空いていると思った北口もかなりの混雑。唯一動いていた(それでもちょろちょろしかやって来ない)東海道線ホームは入場制限をしていたがそれでも人が殺到していた。

京浜東北線の人身事故の復旧は終わっていたので、京浜東北線で都内に入ろうと思ったのだが、こちらもなぜか止まっている。
どうやら横須賀線では駅間で3編成が止まっていて、JRはうち2編成の乗客を線路に降ろして救出することにしたようだ。
乗客を降ろすということは事故を防ぐために併走する京浜東北、貨物線を止めることになる。
東海道線は横須賀線から離れているので徐行運転していたようだ。

鶴見駅間近で止まった編成はよかったのだがその品川寄りの編成は鶴見川の橋の上に止まっており乗客を降ろせなかったようだ。
そのため列車を後退させるなど時間がかかり、その分京浜東北が止まる時間も長引いた。

鉄道会社は、線路わきの柵を乗り越える“真似”をする人を見かけただけで半径5キロの列車を躊躇なく止めるほど人身事故には神経質だ。
乗客を線路に降ろしたら最後の乗客一人まで線路外に避難させたことを確認しないと列車は走らせない。
社員も人が死ぬくらいならイラついた乗客に殴られたほうがまし、なんて思ってる。訳はない。殴ったらダメ!絶対!
というわけで線路に社員を立たせて誘導したり線路外に出た後の対応など準備に時間がかかってしまうのはしようがないか。

どうしても現場を見てみたかったのでどうにかして鶴見駅まで近づきたかったのでとりあえず京浜急行に乗った。
総持寺のあたりに差し掛かると線路上に停まる湘南新宿ライン、そこから踏切まで続く人の列、踏切の周囲に待機する横浜消防のレスキュー隊や救急車などなど混乱する現場が見えた。

故障した車両はパン下げリセット(パンタグラフを降ろして車両本体を再起動させる)したりヒューズを抜いたりいろいろと復旧作業を行ったようだがなかなか直らず、最終的にブレーキが故障した1両だけブレーキ無しで徐行しながら品川まで進み、そこで運転を打ち切った。
3ノッチ以上上げると非常ブレーキがかかったり、駅でドアを開けても運転席モニターでドア開ランプがつかなかったりとわりとボロボロ状態で品川に着いたようだ。

京急川崎駅でいったん降りてJR川崎駅の様子を野次馬。
阿鼻叫喚、とは言わないが入場規制がかかりコンコースはひどい混雑。
京急川崎駅周辺も警察官が交通整理をする騒ぎだった。
携帯カメラで写真を撮ってる乗客も多数…あぁ、一眼はやっぱり持ち歩くべきですね。

横須賀線は横浜から先高崎や宇都宮、千葉ともつながっているので遠方でのトラブルが横浜での車両遅延につながりやすい。
戸塚駅で電車来ないなーと思ったら「黒磯での濃霧で遅れています」とか。祖父が栃木に住んでいたので黒磯は知っているのだがまさか戸塚でその地名を聞くとは…ってことがたまにある。

まあ便利になるのはいいんだけど、それに慣れると不便になった時の落差が…ってことなのか。

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2009.05.07

エコ替え~?

周囲の307CCオーナー、特に2005年11月にモデルチェンジした後期型(俗にT6と呼ばれる)に乗っている方々は車検の時期を迎えている。
我が家のCCも今年の10月には初の車検を迎える。

たぶん車検は通すことになると思うが、何が怖いって保証が切れるのが怖い。
一応お約束であるギアボックスのソレノイドは交換しているのでそこは若干救いはあるが、それでも何が出てくるか…
まあCCに関してはあらゆる決定権が私にはないのでオーナーにはコンサルティングサービス的なことしか言えないのだが、正直トラブルの類を考えたら車検を期に買い替えるというという選択肢もありかと。
燃費も悪いし荷物も積めない、ドアを開けるのにも気を使う、などなど…嫌なところも目についてきたし。

でも、春になって屋根を開けて走るとそれが吹き飛ぶんだよなあ。
Sougen


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2009.05.05

懲りずにシトロエン

GuranpikasoGW中盤、特にどこに行くというアテもないので、再びシトロエンに行ってみた。またまたBlueforceさんを誘って(^-^;

まあいろいろ現実を見つめなおして、C4ピカソは「はい消えた!」
やっぱり車検通すか…いやはや悩みどころである。
噂ばかりが先行する5人乗りのピカソ、コレが出たらやばいかなぁ。

Hinapozuと言うわけで、冷やかし終了。Blueforceさんとディナーへレッツらゴー。
今回向かったのは青葉台にある焼き鳥屋「一鶴」。いわずと知れた四国は香川発祥の名店である。
そこそこ混んでいて待ち時間15分程度とのことだったのでお店の周りをうろうろと散策していると「犬→こちら」的な看板を発見。矢印をたどっていくとテラス席が!
さっそくふうこ分遣隊長殿も呼び寄せ、揃ってディナータイム。
“おやどり”と“ひなどり”という二つの焼き鳥しかメニューに無いのだが、これが片もも丸ごと出てきて喰い応えバリバリ。
久しぶりだったがやっぱり美味いな~。

満腹喰ったあとはジョナサンで反省会(なんの?)
いやぁ話のネタは尽きませんな。2時間以上くっだらない話で盛り上がってしまった。
いかにレアなクルマに乗るか、これは永遠のテーマなのかもしれない。

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2009.05.04

千葉市科学館

Tikyuuちょっと前、仕事で千葉をプラッとしたときに気になった建物があった。
その名もQiball(きぼーる)という千葉市が運営する複合施設。
ガラス張りの吹き抜けの中に寄木細工のような球形の物体が浮かぶ不思議な建物だ。

中にはスーパーのダイエーのほか中央保健福祉センターや子育て支援館など千葉市の施設が入居するが、気になる球体の正体は7~10階にある千葉市科学館のプラネタリウム。
GWでなんとなく暇を持て余していたので行ってみた。

Hasura2さすが黄金週間でちびっ子どもが縦横無尽に走り回っていた。
子どもが科学に興味を持つようにと様々なアイテムが置いてあるのだが、面白かったのがこの写真。
小さいビリヤード台なのだが、球の位置をセンサーが感知し、画面上で入れたいポケットを指定すると台上に推奨ラインが表示されるという物。
このラインに従って打てば100%ポケットに球は入る。
ちびっ子がきゃっきゃきゃっきゃと大盛り上がりで大きなお友だちは結局最後まで打てず。超しょんぼりだった。

地球や宇宙をテーマにしたフロアには、実際に燃焼実験で使用したH-IIロケット2段目のエンジン(LE5エンジン)が展示してあった。
燃料の液体水素を高圧で燃焼室に送り込む液体水素ターボポンプの断面なども見られ、実に興味深かった。
199年、H-IIロケット8号機の打ち上げ失敗は1段目(LE7エンジン)の液体水素ターボポンプ羽根の1枚が破損したのが原因なので、あぁ~、これがその部品なのか…、莫大なコストをかけて開発しても羽一枚で水泡に帰す…シルバーフェニックス号のハンドルロックが故障するなんて、むしろしないほうがおかしいぐらいに思えてきた。

学芸員の方にロケット打ち上げ時の姿勢制御の方法について聞こうと思ったそのとき、いっしょにエンジンを見ていた初老の男性がいきなり「なんで日本はロケット打ち上げを生中継しないんだ」と学芸員を問い詰めだした。
私が「インターネットで生中継してますよ。」と言うと「ネットなんて誰もが見られるわけじゃない!」とデジタルデバイド問題を持ち出す。まあ確かにそうだ。
男性は「テポドンがどうのこうのよりも自国のロケット打ち上げを中継すべき!国民の興味を喚起すべき!!」と訴えていた。言いたいことはわかるのだが、H-IIAロケットも前回の打ち上げで15号機目。うち失敗は6号機の1回のみ。テレビ中継をしてもそれほど興味は惹かないだろう。テレビ生中継はなかなか難しいと思うし、そもそも市の学芸員にどんなに熱く訴えてもその想いは絶対に叶わないだろう。
が、男性は「失敗した時の事を心配して中継しないんじゃないか」などとまだ食下がる。私はJAXAに電話すれば?とアドバイスをしてその場をそっと離れた。

Puranetaそしてプラネタリウムへ。
久しぶりのプラネタリウムだったが、ナレーションがとても寝心地のいい柔らかボイスだったおかげで途中意識が飛んだ箇所がいくつか。
オーストラリアから見た南十字星など普段は見られない星空は面白かった。
公的施設はなかなか侮れないというが、安くて(科学館とプラネタリウムで800円)勉強もできるってのはなかなか。
ちなみにうちのすぐ近所にも藤沢市湘南台文化センターこども館という真ん丸の建物がある。
こちらにもプラネタリウムがあるが、6月30日までリニューアル工事中だとか。新しくなったらちょっと行ってみるか。

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2009.05.01

「黒部の太陽(テレビ版)」をようやく見た

その昔、建設会社にはそれぞれ得意分野があった。
日本初の鉄道を敷設した「鉄道の鹿島」とか医療・福祉関連施設に強い「病院の戸田」、呉・佐世保など海軍の工事に携わった「水の土木の水野組(現五洋建設)」などなど、愛称とともに語られる建設会社は多い。

「トンネルの熊さん」こと、トンネル工事にその名を馳せた熊谷組が手がけた難工事、黒部第四ダム大町トンネルの苦難を描いたのがこのドラマである。
言わずと知れた石原裕次郎の名作映画「黒部の太陽」のリメイクであるが、これは正直荷が重いと思った。
なにしろ石原裕次郎版はビデオやDVDになっておらず、テレビ放送もされない真の「幻の映画」である。
めぞん一刻で五代が言っていたが、もう会えないものを超えるのはそれはそれは大変なのである。
私は映画版を見たことが無いので超大作スペクタクルムービーのイメージが完璧に出来上がっている。
そんな人相手に主演を演じた香取慎吾も大変だっただろうが、キムタクが言ったという「慎吾の背中が石原裕次郎に見えた」は無いと思った。私の裕ちゃんのイメージは木暮課長だけれども。

ドラマで香取が演じたのは倉松班という熊谷組の下請け会社の親方である。
実際の工事では笹島班(現笹島建設)という下請け会社が工事を請け負った。笹島班は笹島建設となり今でもトンネル工事専門の建設会社として活躍している。

ドラマでは破砕帯という地下水を大量に含んだ地層を掘り進む苦労を描いているが、香取が演じた親方のモデルともなった笹島建設の社長は「今は労働条件的にもあんなことはできません」というほどの難工事だった。
ところが笹島班が掘る反対側からは間組が迎掘りをしている。
こちらは黒部渓谷側から掘り進んだので、重機などは搬入できず基本的に手堀りだった。
しかもその資機材も標高3000m近い立山を越えて黒部渓谷まで運ぶという過酷なものだ。
富士山や立山から動員された強力さんがブルドーザーを分解し、担いで山を越えるなどこちらの工事もとてつもないものだった。

他にも全てが険しい渓谷の地下に建設された発電所や作られた電気を関西方面に送る送電線など大町トンネルだけでなく難工事は他にもいくつもあっただろう。
映画のおかげか大町トンネルだけが黒四ダム建設工事だと思われてしまうかもしれないが、このトンネルはダム建設資材搬送のための工事であり、ダムの完成はトンネルが貫通した5年後だ。足りない足りないと言っていた電気がよくもまあもったもんだと思う。

笹島建設の社長は「昔は職人気質で、人のできないことをやってやるという強い思いをもっていました」と当時を振り返る。
なんかどこかで聞いたことあるな~…
昭和9年に書かれた丹那トンネル工事の苦難を書いた本「丹那トンネルの話」に同じようなセリフが載っている。
フジテレビも評価の確立した黒部の太陽をリメイクするより、「丹那トンネルの話」の、戦前日本の誇るべき土木技術とそれに掛ける男たちを完全ドラマ化したほうが「伝説」を作れたんじゃなかろうか。
今回のドラマが意外と面白かっただけにそんなことを考えた。

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