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2009.05.12

JAFストーリー ~うれしかったあの救援~

今から10数年前の話。初めてのマイカー、ランクル60に乗っていた頃の事。
アマチュア無線のイベントで千葉県南房総市にある富山(とみさん)山頂に行った。
富山は『南総里見八犬伝』の舞台になった山で歴史のある由緒ある山だ。この山頂の駐車場まで道が整備されており、どんな車でも容易に登る事ができる。
で、この駐車場にクルマを止めたとき、ふと山頂の広場から続く、ランクルがギリギリ走れるくらいの細い道が目に付いた。
山肌に張り付いたその道は、ガードレールも何も無い超天然の山道。くだらないチャレンジングスピリットに無駄に火をつけるに充分な道だった。
特にゲートやロープで規制されているわけでもなく自由に入れる道の先にNTTか何かのアンテナが見えるので、そのための道だろうことは想像がついた。
「ちょっと行ってますか」
先輩(ビッグホーン乗り)を誘い、彼を先頭にその細い道を登ってみた。
道に入ってすぐ、「ん?ちょっと…狭いな…」と思ったが、ビッグホーンがスルスルと登っていくので後を追った。
が、道の先がどう見てもビッグホーンの車幅より狭くなっている。「こりゃヤバイな」とクルマを止めたその時、ビッグホーンの左タイヤが路肩を踏み外し、ガクッと左に傾いた。
やっちまった。
私は広場に戻りクルマの向きを変えてビッグホーンを引っ張ってレスキューしよう考え、ギアをバックに入れゆっくり後退しよう、と思ったとき、私も路肩を踏み外した。

擱座した船が二隻並んでいるかの様相に同行の友人たちはドン引きだったようだが、なんとなくウキウキしている私がいた。
ランクルのフロントにはPTOウインチが装備されていたが、こういうときに限ってシェアピンが飛んでいて使い物にならず。(使えたとしても他にレスキュー道具は持っておらずウインチ一個でどうにかなるとも思えなかったが)
で、困った時のJAFである。
当時ようやく普及しだした携帯を持っていた(ちょっと自慢)のでさっそくJAFに電話をする。
場所を伝えると電話の声にちょっとした戸惑いを感じた。
近所にJAFの拠点が無いので提携している業者を向かわせるので直接話して欲しいと言われ、連絡先を教えてもらった。
その業者は地元の自動車修理工場とのことで地理にも詳しく、場所を伝えたら「すぐ行くよ~」とのこと。
どんな車で来るのかな。強力なウインチで引っ張ってくれるのかな。プロのテクニック盗むぞ。とワクワクしながら待っていると、なんと工場のおじさん、バイクでやって来た。
「いや~、ここはウチの2t車入って来れないからね~。道具貸すからさ、自分たちで出してよ。人いっぱいいるみたいだしなんとかなるでしょ」
「……」

確かにメンツだけはそろっていたが…
と言う訳でまた別の車でそのバイクを追って下山し、ふもとの修理工場に到着。場所は今でも覚えている。先日野島崎に遊びに行ったときも見たがまだ健在だった。
ここでありったけのワイヤーロープとチェーンブロックを借りる。

すぐさま山に戻りレスキュー作業の開始だ。
チェーンブロックはレスキューにはまったく向いていないアイテムだ。
チェーンをクルマに掛け巻き取るのだが、構造上チェーンの長さの半分しかクルマは動かない。
1回掛けて動くのは2、30センチである。
まずクルマの前方をチェーンで固定、後方を巻き上げ固定。で、前方を巻き上げる。これを数十センチの単位で繰り返す。
同時に崩れた路肩の修復作業や後退時の路盤の確保などを同時に行い、数時間掛けて2台の救出が完了した。
もう大拍手である。なんだか大勢の力を合わせ一つの難事業を完遂した高揚感に満ち溢れていた気がする。あの時あの山頂には。

変な高揚感とともに修理工場へ道具を返しに行くと、おじさんは極めて冷静に「はいこれ」
道具利用料の請求書。
いや、もちろん判るんですよ、それは。当時私も一年生とはいえ立派な社会人でしたし、物が動けばコストがかかるってことは百も承知ですよ。
でもね、なんかね、「あ、やっぱり?」て感じ?。
でも道具を貸してくれたからこそ今ここでそんな昔話をブログで語ったりもしている訳だし。とても感謝しているし今ではいい思い出だ。

いやでもバイクで山道をとことこ登ってきたおじさんの姿とあの修理工場はきっと忘れない。

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コメント

富山、懐かしいですねぇ~
後輩たちがコンテストで使っていた発動発電機をごつさんの携帯電話の充電専用にしちゃったり(^_^;)
崩れた路肩の修復作業や後退時の路盤の確保につかう道具を買いに行った車が事故っちゃったり(^_^;)
色々有って楽しかったけどこの事件以降、卒業生のコンテスト参加が嫌がられたような・・・(^_^;)
う~ん、良い思い出です。

投稿: じゃじゃ馬 | 2009.05.17 21:54

>じゃじゃ馬さん
そうそう!タクシーと事故ってたね~(^-^;

いや確かに“良い”思い出ですよ(笑)
2台同時に路肩から半分落ちても数時間でリカバリーできたっていう経験から、クルマがどんな状態になっても「なんとかなる」という裏付けの無い自信が持てるようになりましたもん。

投稿: ごつ | 2009.05.18 00:59

 あのとき、ビッグホーンの持ち主は「ちびまる子ちゃん」のキャラみたいに青ざめた顔をしている一方、ランクルの持ち主は口では「いやぁ~困ったな~」と言いながら状況を楽しんでいた(ように見えた)のが印象的でした(笑)。

 あの状況が載った雑誌、今もウチにあります。「置いて帰ろうぜ」にならなくて何よりでした(笑)。

投稿: 二方面 | 2009.05.23 19:43

>二方面さん
そうそう、あの雑誌の写真をブログに載せようと思って探したんですけど見当たらなかったんですよ。
実家にあるのかなぁ…
私は確実に状況を楽しんでましたが、私が不安そうにしたら皆の心も折れちゃうかも…という思いもありました。
ま、結果オーライですね(笑)

投稿: ごつ | 2009.05.24 00:13

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