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2009.08.15

8月15日

「日本のいちばん長い日」から64年目の夏を迎えた。
第二次大戦中、国民の生活は徴兵や思想統制、物資不足で疲弊しきっていたと思う。

1945年7月26日。連合国は第二次世界大戦の終結に関する13条から成る勧告を宣言した。いわゆるポツダム宣言である。
これを受け、日本でひとつの変化があった。日本郵船株式会社の株価が上がったのである。

日本の株式市場は1878年、東京株式取引所としてスタートし、1943年6月に戦時統制機関への改編で全国11株式取引所が統合され日本証券取引所に引き継がれた。
日本証券取引所での株式売買は1945年8月10日、戦況悪化からついに取引停止になるのだが、逆に言えば戦時下でも大戦末期まで株式売買が行われ、マネーゲームに興じる人たちがいたのである。
彼らは海外の情勢すらキャッチし株の売買に励んでいた。ポツダム宣言が発表されるや日本の敗戦近しと判断。戦争が終われば海外との人員物資の往来が盛んになり日本郵船の売上げが上がると踏んだのである。
他にもコンクリートや土木会社の株が「平和銘柄」「復興銘柄」などと呼ばれ頻繁に売買されたらしい。

もちろん当時の日本も資本主義社会でありある意味健全な姿だとは思うのだが、火垂るの墓とかかわいそうな象の世界と株の売買の世界のギャップが。
赤坂や日本橋の料亭では食材の確保もままならない中、それでも夜になれば軍のナンバーをつけた黒塗りの車で乗りつけ、料亭政治を繰り広げる軍幹部の姿が見られたというから、なんともエスタブリッシュメントとはいつの世も変わらないのかもしれない。

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コメント

いつの時代も、格差ってのがありますからね

当然当家はビンボーで苦労したようです。大黒柱は南方にて戦死。

そんなわけで硫黄島からの手紙を見る気が起きないんですよねー(映画公開中に見たけど)

投稿: ごしゅりん | 2009.08.15 22:21

>ごしゅりんさん
当家は田舎の商売人だったからかあまり苦労話は聞かず、父は空襲どころか銃声の一発も聞かずに終戦を迎えたそうです。
まあ都会の子が疎開してくるような田舎だったのでそんなのんびりしていたのかもしれませんが…

同じ中将でも硫黄島で玉砕する人と料亭で政治工作に奔走する人…これも「格差」なんですかね。

投稿: ごつ | 2009.08.16 00:21

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