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2009年12月

2009.12.31

大晦日!先生走るっ!

Ameyokoいよいよ今年もあと数時間。
というわけで、年の瀬ニュースの風物詩、上野のアメ横に行ってみた。
いやいや、人、人、人…すごい人出である。
ニュースになるのもよく判る。

安い安いと聞いていたが、確かに安いのだが量が多すぎる。
というわけで、大ぶりのたらこ5本と大き目のトレイにギッチリ詰ったイクラを合わせて3000円ぽっきりだと言うので買ってみた。
正直、こんなに大量に買ったことが無いので相場がわからない。ホントに安いのか?と疑問に思いつつ人の波を掻き分けながらアッチコッチと彷徨ってみる。

Simurausiroお、アメ横といえばここと二木の菓子である。
1000円均一でお菓子の詰め合わせを売っているのだが、買うといってから店員さんがオマケのお菓子をどんどん詰め込むパフォーマンスが有名である。
まあ安いだけあって死に筋商品とか見たことの無いお菓子がギッチリ詰まって入るが、量とカロリーで計算すればお買い得だろう。

帰りに地元のダイエーに立ち寄って価格調査をすると、お菓子詰め合わせはともかく、たらことイクラはかなりお買い得だった事が判明。
ちなみに、ダイエーで1000円ぐらいで売っているまぐろ中トロ3つをアメ横なら1000円で買えるような感じだった。

Hitogasugoi_2というわけで、私としては転職した2008年が激動の年だったわけで、今年は特にこれと言った事件も無く平々凡々と過ごした一年だった。

はてさて、来る年2010年はどんな年になるのやら。
ではでは皆様、良いお年を~~(^-^)/~~

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2009.12.30

冬支度完了

Zyakkiappu各地でチェーン規制の便りがちらちらと聞こえてくる今日この頃、ランクルもスタッドレスタイヤを履く季節である。
ここ数年、職場になぜか置いてあったエアツールでの楽々交換作業だったのだが、転職してそれも使えず。(会社を辞める時、これが心残りだった)

で、近所にできたオートバックスにでも持ち込むかと思っていたところ、四駆乗りの友人が「秘密兵器があるから手伝ってあげるよ」という。
おー、そりゃ心強い。電動インパクト?フロアジャッキ?
なんだか判らないがその秘密兵器とやらに期待してタイヤ交換を手伝ってもらう事にした。

で、いよいよタイヤ交換。
友人が自慢げに持ち出した秘密兵器。見てびっくり。
友人が掲げんばかりに私に見せびらかしたのは、鉄パイプ、である。

「ほら、十字レンチにこうやって差し込んで…」

どんな秘密兵器だ。
ま、第三次世界大戦で使われる武器とも言われてますがね。

というわけで、タイヤのナットを外すのは秘密兵器を持ち込んだ友人に任せ、私はランクルをダルマジャッキで持ち上げたりタイヤを運んだり。
いや、実は鉄パイプのおかげで意外と早く作業は終わった。
前回の交換時、ちょっとキツク締めすぎたみたいで、鉄パイプが無かったら案外てこずってたかも。

というわけで、友人にはコメダ珈琲店で丁重に御礼をし、ランクルは冬仕様に華麗に衣替えしたのであった。

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2009.12.29

江ノ島で撮り歩き

Yuuyakeccプジョー仲間のみっちーさんから、「はい、しゅうーごー。江ノ島で写真撮るからしゅーごー。」と召集されたので、江の島に行ってきた。
どうやら、湘南近辺をぶらぶら歩いて写真を撮ろうぜ、的なイベントらしい。
午前中に野暮用を終わらせ、横浜から大船、湘南モノレールを使って江の島に到着。
先にランチなどを済ませていたみっちーさん御一行と合流し、ひとまず江ノ電に乗って鎌倉高校前まで移動し、七里ガ浜までてくてくと。

Rikisyaman
私、風景写真とかポートレートとかよく判らないんでアレだったのだが、一番気に入った写真がこれ。
どうやら人力車を引く人の研修だったようで、渋滞中の国道134号を申し訳なさそうに走り抜けていった。

Huzitoenosima
七里ガ浜の駐車場は、稲村ケ崎と並んで富士山撮影スポットとして有名。
夕焼けにほんのり浮かび上がる富士山と江ノ島はここならではの光景か。

Bouruディナーは鎌倉駅そばにあるどんぶり飯屋、Bowls
どんぶり飯といっても、私が愛してやまないどん亭のような場末感あふれるものではなく、流石の鎌倉である。おしゃれな店舗に目を奪われる。

Torinikuメニューもこれまたおしゃれ。どん亭スペシャルのような低コスト高カロリーのようなものは見当たらないが、どれもおいしそうである。
というわけで私は葱塩ダレの蒸し鶏丼をチョイス。
サイズも3種類から選べるのだが、もちろん並やら特盛やらとは呼ばずS・M・Lである。

Usako食後にマキアートを頼んだが、キムタクも思わずカメラを取り出すような、こんなのが出てきた。どん亭じゃ考えられない…

というわけでほのぼののんびり江ノ島歩きの一日であった。
みっちーさん、参加された皆さん、お疲れ様でした~

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2009.12.24

車検とったどー

Syakenこの時期の風物詩、ランクルの車検である。
昨年はマフラー交換もあったのでショップに出して重整備を行ったので今年はお手軽にマイカー車検。
毎度の相模自動車検査登録事務所にて検査を受けるため、前々日にインターネットで予約。
港北や川崎、湘南の検査登録事務所はわりと予約状況の空きが少ないが、相模はいつもすかすかである。

今回は前回のユーザー車検の反省、及び行き付けのショップのアドバイスもあってそのショップ御用達の予備車検場で予備車検を受けた。
これで全ての検査項目をチェックし、体制は万全である。
ちなみにやっぱり光軸はずれていた。

Lc75受付にて重量税、検査手数料を支払い検査ラインへ。
お、お隣のラインにランクル75発見。日本未発売のランドクルーザーである。
右ハンドルなのでオーストラリアから持ってきたんだろう。欲しいクルマの一台である。

灯火類、排ガスと順調にクリア。途中、ブレーキのテストで検査員の指示を聞き間違えてしまったのだが、そこからなんと検査員がマンツーマンで付き添ってくれた。
ユーザー車検に優しくなったと言われてはいたが、ここまでとは。

無事光軸も一発でクリアし、検査終了。掛かった費用は重量税の18,900円、自賠責の23,920円、検査手数料の1100円、合計43,920円。

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2009.12.23

久々復活のイルミネーション

Kireinayakei近隣の渋滞やゴミ問題などで
98年を最後に点灯する事の無かった表参道の年末の風物詩、イルミネーション。
今年、HISのスポンサードを得、「表参道H.I.S.イルミネーションベルシンフォニー」として復活したとのことで行ってみた。
この不景気の時代になぜ復活?とも思うが、中止になったいきさつを逆に考えればそれだけの集客力があったというわけで、まあそういう理由だろう。

おかげで表参道はたくさんの人出、車道も大渋滞で「人を集める」という目論みは達成できたのでは。
歩道橋は使用禁止になっていたし警備員や警察官もそこかしこに見られたので色々と気を使っているのも伝わってくる。

Omosann

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2009.12.21

「カールじいさんの空飛ぶ家」を見た

いまから17,8年前。
大学の部室で授業をさぼっていると、悪友ふたりが「これ以上愉快な事など見たことない」という風情で駆け込んできた。
「今すごいの見てきたんだよ」
そいつらが府中市の多摩川にかかる関戸橋を歩いていると、橋の下から「やめなって!」「本当に危ないからやめなよ!!」という叫び声が聞こえてきたそうな。
なんだ?と思って川を覗き込んでみると、風船にくくりつけられた椅子に座って浮かんでいるおじさんとその椅子を必死につかんでいる警察官の姿が。
で、警察官の制止を振り切り飛んで行ってしまったおじさんを、口をぽっかり空けて見送ってきたそうだ。

というわけで「カールじいさんの空飛ぶ家」を見た。
「泣ける映画」の触れ込みだったが、実は泣けなかった。
警官に必死に静止される関戸橋の情景が目に浮かんだから、ではない。
確かに感動したが、泣ける感動ではなく夢のある感動、だったから。

いくつになっても夢をかなえることはできる。
それはたとえ家庭に悲しみを抱える少年だって、奥さんを亡くした年寄りじいさんだって、夢をかなえるのに年なんて関係ないんだ!
そんな思いが伝わってきたから涙は出なかった。

関戸橋から飛び立ち大田区の民家に不時着した風船おじさん。
その後、ファンタジー号という名の檜で作ったゴンドラに乗りこんで米国ネバダ州を目指して飛び立った風船おじさんも、きっと常人には理解できない夢を持っていたんだろうなぁ。

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2009.12.19

汽笛一斉新橋を~

Sutimuもう20年近く昔の事なのでよく覚えていないのだが。
友人数名と東北周り青春18きっぷの旅の計画を、新宿の談話室滝沢のふかふかとしたソファーで練っていた。
当時から浅い鉄道ファンだった私は「客車列車に乗りたい~~」と足をばたばたさせて鉄ちゃんの友人を困らせていた。顔は笑っていたが明らかに困っていた。
昭和から平成になって、客車列車なんてすでに絶滅危惧種だった。

優しい友人は分厚い時刻表をくくりながらプランを練り上げ、完璧な行程表を作ってくれた。

新宿をムーンライトえちごで新潟に向かい、駅そばで腹ごしらえをし、白新線に乗った。
これが夢にまで見た赤い機関車が牽く客車列車だった。
12系のボックス席に座り、おもむろに無線機を取り出す。
そう、客車の車掌と機関車の運転士の無線交信を聞きたい。ただそれだけのために友人を困らせつつこの旅をコーディネートしてもらったのだ。コーディネートはこーでないと。

「下り623列車車掌から下り623列車運転士どうぞ」
「下り623列車運転士ですどうぞ」
「下り623列車発車ー」
「下り623列車発車了解」
で、前方からがしゃんがしゃんと連結器の音を響かせながら車両が動き出す。

これを体験したくてわざわざ新潟→新発田→新津→新潟とくるっと一周して次の目的地青森に向かったのであった。
いや~、懐かしいなぁ

と言うわけで、蒸気機関車が牽く12系客車、SLみなかみ号に乗ってきた。

Yama
谷川岳を遠くに望み、煙を吐きながら力走するみなかみ号
本格的なSLに乗ったのは初めてだったのだが、国鉄がしゃかりきになって無煙化を推し進めた理由の一つを体感できた。
いや、煙すぎる。
これ沿線住民はたまったものではないだろう。
「炭の燃えカスを撒き散らしながら走る」のを実感。

SenmenzyoSLに牽かれる客車は12系、昭和の香りがぷんぷんする客車だ。
が、トイレに入ってびっくり。
暖房便座が装備され、E231系のグリーン車並みの快適さ。
洗面台も自動水栓にエアタオル。昭和の微塵も無い設備に脱帽。

Ondokeiここに見つけた昭和の痕跡。
JNRマークの入った温度計。

Atsp
Blueforce氏が醒めて私が萌える「P」「Ps」表記。
むしろ「C」があってもいいくらいに思っているのだが…

Ramen2時間ほどSLに揺られ、水上駅到着。
写真は駅前のラーメン屋。
このラーメン屋は、学生時代スキー帰りにここでラーメンを食べ、関越道に乗ったところでエンジンストップ。
えんやこら車積載車で帰ってきた思い出のラーメン屋なのだ。

本当は、このあと土合駅まで行って心臓破りの階段にチャレンジしたかったのだが、Blueforceさんに聞くと「無理。その日のうちに帰れない。」と冷たいアドバイス。
んな訳あるかい。上越線といえば幹線。電車バンバン走ってるんちゃうん?と時刻表を見ると…1日5往復??
2~3時間に1本か。往復で約5時間。水上駅の隣の隣の駅なのに…

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2009.12.16

忘年会シーズン、始まるよー

Ginnan807もうすでに師走も半ばを過ぎてしまった。おもいっきり年末である。
というわけで、いつも遊んでくださるCdeCの忘年会に参加させて頂いた。

当日昼前、家でボケっとしているとBlueforceさんより入電。
なんでも年末に北海道までプジョー807で自走するのでスタッドレスを買いたいので見に行かない?的なお誘い。
横浜に用事もあったので横浜集合の約束をして電車で向かった。

Blueforceさんも一応(笑)CdeCメンバーなのだが、師走で多忙なため忘年会には参加しない予定だった。
が、横浜で合流して改めてお誘いすると「まあ仕事もひと段落ついたし、参加できるなら…」ということで至急幹事のtaneさんに連絡。
どうやら人数的には問題ないとのことなので急きょドタ参が決まった。

流石にクルマではいけないので、Blueforceさんの自宅にいったん向かうが、ワンコの散歩がまだとのことなので外苑前で一休み。
うーん、銀杏並木がおフランスの大衆ミニバンによく似合う。
外苑前、イチョウ並木の入り口近くにあるロイヤルガーデンカフェの店頭でカレーパンを売っていたので、思わず所望してしまった。

Kaigakan807
初冬を感じさせる情景を走り抜け、クルマを自宅に戻し会場である銀座に向かう。
今回の会場はなまはげ 銀座店。秋田料理の店である。

「きりたんぽ食べに来い」
「ヘリで迎えに来てください」

Kiritanpo
何度このブログで書いたかわからないが、秋田料理と言えばこれなんだからしようがない。
というわけでハタハタもきりたんぽもおいしかった~
Namahage目玉?のなまはげショー(ちなみに生安に睨まれるようなものではない)
微妙に優しいなまはげが各テーブルを回り場を盛り上げた。

皆様、今年一年お世話になりました~

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2009.12.15

クルマ遊びでクルマを壊す

Morinonaka久し振りにランクルで遊んだ。
懇意にしているショップの走行会に行ってみた。
場所は富士山麓にあるスタックランド
スタックランドの近所にある富士ヶ嶺オフロードでは何度か遊んだことがあるのだが、ここはお初。

Doronko
クロカン遊びはやっぱ楽しいね!
初めてのスタックランドだったのだが、以前よく遊んだファミリーフィールド小湊を小さくした感じのコースでなかなか楽しかった。
一年ぶりぐらいのクロカンだったのでリハビリ的な感じで軽く遊んでいたのだが、とあるヒルクライムで同行のTJがかる~くクリアしたので火が付いた。
っていってもそれほど難易度が高いセクションではないと思ったのだが、久し振りだったのでちょいとアクセルがラフに。
坂を登りきったところで軽くジャンプしドスンと着地。
で、クルマを進ませると「ガキンッガキンッ」といかにも壊れましたよってな音とショックがフロント周りから…

というわけでクロカンをやるランクル80の持病ともいえるフロントデフのリングギア破損…逝っちゃいました。
やっちまったーと思いつつベースキャンプに戻ろうとしたら、私が登った坂よりももっとハードな坂を登っている緑色のランクルが。
そう、FBMの記事にコメントを頂いたgikoさんがそこに。
「ここも登ってくださいよ~(^-^)」と誘っていただいたが、平地を走るのもやっとなんで丁重にお断りしちゃいました。
次回はチャレンジしますんでお許しを~(^-^;;

Donadonadonadona
プジョーだとしっくりくる風景だが(笑)、久し振りの積載車。
ショップのデモカーを乗せてきた積載車にランクルを載せ、デモカーをお借りしてとりあえず帰宅。

Matamoyayamatyu昨年の今頃はマフラー交換でかなりのカネを使ったが、今年もこれで修理代が100k…痛い。
と言うわけで夕飯はお馴染みアジアの山忠でとんかつ定食。
あいかわらずウマーでございました。

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2009.12.11

銀座で旗艦店といえば

12月15日といえば、アメリカのカジュアルファッションブランド、アバクロンビーアンドフィッチ初のアジア一号店である銀座店オープンの日。
アバクロの略称で日本人にも人気があるアバクロンビーアンドフィッチは、店員を「ストアモデル」と呼び、メンズはムキムキマッチョ、ウィメンズはボンキュッボンなグッドルッキングな方々が接客するらしい。
10日より銀座店店頭でグッドルッキングガイたちがそのムキムキマッチョな上半身を惜しげもなく晒すイベントもやっているとか。

で、そんなことはどうでもよくて、もっと気になるのが同じ15日の銀座にオープンするイタリア老舗自転車ブランド「ビアンキ」の日本初の直営店「ビアンキ・コンセプトストア」。
ハイエンドモデルに的を絞ったラインアップとのことで私には縁がなさそうだが、ライトやワイヤーロックなどのアクセサリー類も置いてあるそうなのでそっちはちょっと気になる。

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2009.12.09

るぱんるぱーん

091208_114609_ed渋谷のモヤイ像が盗まれた
もちろん実際に盗まれたわけではなく、(見た訳ではないが)多数の警備員が現場を仕切る中、ユニックか何かで丁重に運び出されたのだろうが、まあ中々面白い企画だと思った。

ガンダムの次はルパンか…
091208_114556_ed

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2009.12.04

沖縄の戦跡を巡って

沖縄に行ったら必ず一つは戦跡を回ることにしている。
やはり沖縄と第二次大戦は切り離せないし、忘れてはいけないと考えている。
沖縄の空や海は素晴らしい。抜けるような青空にエメラルド色の海。これは60年前から変わらぬ景色だろう。
が、その空の下、海の上であった歴史は誰が悪いとか誰のせいだとかそんな空虚な言葉を吐くのがむなしくなるほど凄惨だ。

今回行ったのはアブチラガマ
沖縄本島の南部にはガマと呼ばれる天然の洞窟が点在し、戦争中に防空壕として使われていたものが現在戦跡としていくつか現存している。
ひめゆりの塔で有名な沖縄陸軍病院第三外科壕もその一つ。
アブチラガマは南城市玉城字糸数にあり、ガマ(壕内)ほぼすべてが現存し、さらに公開されているという数少ないガマだとか。

ガマのそばにある南部観光総合センターで入場料を払うと、まずヘルメットを渡される。
富士山の鳴沢氷穴や東京の日原鍾乳洞的なものを想像していたのだが、そんな観光地化された人に優しい洞窟ではなかった。
受付の方に「懐中電灯はありますか?」と、おまえ懐中電灯ぐらい当然持ってきてるよな?ぐらいの勢いで聞かれたが当然持っていない。で、棚にずらっと並ぶ懐中電灯を片っ端からカチカチスイッチを入れ、一番活きのいい懐中電灯を貸してくれた。

ヘルメットに懐中電灯。いったいどんな所なんだろうと訝りつつアブチラガマの入り口に向かう。
観光総合センターから歩いて数分のところにあるアブチラガマの入り口に立って驚いた。
絶対に道間違えたと思うくらい心細い穴が空いているだけのガマの入り口。
あたりを見回しても人一人おらず、シーンとした穴のそばにたたずむ。
なんかすごく嫌な雰囲気なのだが、意を決して穴を下りる。いきなり頭を天井にガツンガツンぶつけ、ヘルメットの必要性を痛感。まさに痛感。でもそれくらい狭い穴。

とにかく滑りやすい段差を慎重に降り、ようやく地面に到着。
目の前真っ暗。本当に真っ暗。あわてて懐中電灯をつけるが、借りといてなんだが全く役に立たない。光量しょぼすぎ。
振り返ると、探検物のテレビでよく見るような、はるか頭上に空くわずかな隙間から見える空。非常に心細い。

アブチラガマは沖縄陸軍病院糸数分室として負傷兵などの治療・看護に使われたが、戦闘が激しくなると付近住民も避難してきた。
沖縄地上戦末期に撤退命令が出され、壕内には一般市民と監視兵、そして重症患者が残され、米軍からの攻撃も受け悲惨を地獄絵が展開されたという。
たかだか60数年前に地獄絵が展開された真っ暗な洞窟にちっぽけな懐中電灯一本持って佇む。マジで怖い。

うっすらと白い札のようなものが闇に浮かぶので、懐中電灯を当ててみると「脳傷患者」。
カンベンしてくれ。

当時も照明設備はなく、カンテラやろうそくで明かりを取ったという。
借りといてなんだが、頼りない懐中電灯よりはマシだっただろうが、薄暗くじめっとした湿気がまとわりつく壕内で過ごしたであろう頭に傷を負った兵士を思うと、今私が感じている「恐怖」のなんて薄っぺらいことよ。

すでに方向感覚が麻痺しかけ、真剣に勇気ある撤退を考えつつ、ボーッと照らされる先に浮かび上がる「破傷風患者」の札。逃げちゃダメだ。
洞窟の、わずかにくぼんだ小さなスペースに掲げられたその札を見て愕然とした。
病室でも部屋でも何でもない、単なる「くぼみ」である。
いったい何人の兵士がこのくぼみに身を寄せ合っていたのだろうか。

意を決し、自分の位置を見失いながら先に進む。
「便所」の札を発見するもやはり単なるくぼみ。狭い・暗い・ジメッとしているに加えて臭い、もあったのか…

恐怖感とともに何とも言えないどんよりした気分のまま先に進む。
天井が高くひときわ広い空間に出ると、そこにはガイドさんに連れられた小学生の集団がいた。
ガイドさんの話に耳を傾けるが、イラク戦争の話をしていて戦争当時の壕の話は過ぎているようだった。
私が今感じている重い気持ちはこの小学生たちと共有できているのかな、と思いながら彼らの「この人なんでひとりで壕の中うろうろしているんだろう」という視線を感じつつ団体の横を通り過ぎ、これまた細い階段をよじ登るように上がり地上に出た。

出た先に慰霊碑があり、思わず合掌。
沖縄の戦跡はどこも重いのだがここは強烈だった。合掌しつつしばらく動けなかった。

リゾート地としての地位を確立した沖縄、いまだ米軍基地問題にあえぐ沖縄、そして民間人を巻き込んだ日本国内での最大規模の地上戦があった沖縄。
いろいろな意味も込め、沖縄が気になってしょうがない私である。

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