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2010年4月

2010.04.30

ついに3桁

Tizusyasinki5月の15日、おめでたくもプジョー仲間のみっちーさんが遂に年貢を納めるとのこと。そう、あの3つの袋が大事なやつだ。
で、あれほど有機物を撮るのは苦手だと言っていたにもかかわらず写真班班長(班員1名)を任ぜられた。
もちろん任ぜられたからには倒れてもカメラを手放さない覚悟で式に臨む。式に臨むのではあるが、いかんせん武器が。
みっちーさん所有のD300は貸してもらえるのだが、果たしてそれでいいのか?キミは借り物のD300で満足できるのか?ひょっとしてD80でD300と対等に渡り合えるとでも思ってるの?
なーんて物欲の神様がささやいちゃったりしたのだが、いやいやナメてもらっちゃ困る。写真ってのは機械が撮るんじゃない!人が撮るんだ!!

…いえ、判ってるんです。D80のシャッターボタンを毎秒7回押しても、シャッターが切れるのはたった3回だってことは。そこにメカとしての歴然たる差があることを。

新宿での仕事を終えた後、ふらっと立ち寄ったマップカメラ。
そこで思った以上に安い(いや高いんだけど)を見つけてしまった。
ニコンD300S
ちょっと前まではD300を探していたのだが、その改良モデルである。
D300sというわけで買ってしまった。
D300の秒6コマに対してD300Sは秒7コマ。この1コマが作品に大きな違いを生むのだっ!と、信じたい…

あ~~、ますます下手写真の言い訳に「機材」が使えなくなってくる…

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2010.04.19

戸塚が生まれ変わるんだ!ごはんだけでもおいしいわ(2)

Esuka戸塚の再開発は着々と進み、その第一弾、トツカーナモール戸塚東急プラザが4月2日にオープンした。
この手のショッピングモールがオープンしたときの、一つの見ものがエスカレータやエレベータである事は言うまでもない。

東芝の工場跡地に建つラゾーナ川崎プラザのそれは東芝エレベータ製だし、三菱重工業横浜造船所跡地に建つ横浜ランドマークタワーのそれは三菱電機製である。

さてさて、ではトツカーナは?と見てみると、これが日立製作所製。
戸塚駅周辺にはいくつか日立製作所の工場やその関連企業があるが、実は戦前から日立製作所の工場がある企業城下町だったのだ。
昭和初期の戸塚駅周辺は、日産やニコン、ブリジストンなどの工場が立ち並ぶ工業地帯でもあった。
そんな歴史も垣間見えるエスカレータなのだ。

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2010.04.16

バーゲンセール終了

高速道路の上限1000円の休日特別割引制度が終る。
軽自動車、普通乗用車を対象としたこの制度からポロリと抜け落ちた中型貨物車をこよなく愛する私には何の関係もない制度だったので、「ふ~~ん、で?」って感じ。
まあプジョーのおかげでいくばくかの恩恵にはあずかったけれども…

だがしかし、新制度では中型貨物車は大型貨物車と同じ上限5000円になる。
せめて普通車と大型車の中間の3000円あたりの料金設定があっても良かったのでは?とも思うが、5000円じゃあ現状と比べても値上げなんだか値下げなんだかよく判らない。

というわけで、この新制度が鉄道貨物輸送に影響が出ないよう切に願う次第である。

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2010.04.04

花より電車

Sakura4月に入り桜も満開の知らせ。
Blueforceさんから「EF64と満開の桜をめでないか」とタイムリーなお誘いがあったので、乗っかってみた。
場所は中央本線勝沼ぶどう郷駅のすぐそばにある鉄道遺産記念公園。
ここはかつてスイッチバックの駅があった場所で、昭和43年の中央本線複線化で新駅ができるまで使われていた。
なんか昭和43年といわれると、私の生まれる数年前がとても身近に感じるのだけど、そのときまで幹線の中央本線が単線だったのかと思うと軽いショックを覚える。
そういえば中央道が全線開通したのが昭和57年11月(勝沼-甲府昭和間)で、一家でわざわざ走りに行ったのを覚えている。最近昭和後期の生き証人化が激しいなと実感している。

Nikaidate勝沼ぶどう郷までは臨時快速ホリデー快速ビューやまなしで。
Blueforceさんがグリーン指定席をキープしてくれたので、途中で合流したプジョー仲間のトミーさんともどもボックス席を囲んで遠足気分を楽しんだ。
ホリデー快速で使用される215系は、平日に「湘南ライナー」として戸塚駅で目の前を通り過ぎるのを見てるだけの“あこがれ”の電車でもあったのである意味夢を果たしたといってもいい旅だった。

この公園にはEF64 18が静態保存されている。
屋外の吹きっさらしなのだが、塗装もきれいでとても状態がいい。
周囲に植えられた400本の桜も満開で、時折聞こえる中央本線を走る列車の音を肴に料理に舌鼓を打つのはたまらない。
Sakuranohana
こんな写真が撮れると、「花の写真もいいなぁ」なんて思うけど、やっぱりたんぱく質を含んでいる物体の写真は難しい。
115
やっぱり無機物を撮るほうが合ってる気がする。幹の位置とかイラッとすることもあるけど、それもまたよし。

Huko
EF64は、山岳用の機関車として活躍した山の力持ち。
Nゲージの印象からか、機関車のモーターは車両本体にドでかいのが一つ載っていて、各台車にはギアやシャフトを伝わって駆動力が配分されているイメージがあった。
勿論そんな事はなく、モーターは車軸一本に一台セットされ、この機関車では六基のモーターが搭載されている。
じゃあ、あの大きな車体には何が詰っているのさ。
そうBlueforceさんに問うと、こう答えが返ってきた。
「愛情さ」

思い返せば、クロネコヤマトなどの宅配便が世に出現する以前、戸口配送をするのは郵便局と国鉄だけだった。
誰でも目にしたことのある、薄緑色の鉄道コンテナ。JNRマークの下に書かれる「戸口から戸口へ」の文字はその誇りを綴ったものでもある。
漫画「カレチ」にも出てきたが、駅の小荷物受付口で受けた荷物は、列車内などで区分けされながら目的地の駅、さらには家庭にまで運ばれたのである。

今では飛脚だ黒猫だと荷物を運んでくれるところはいろいろあるが、かつて国鉄マンの愛が詰った機関車が町の家庭にたくさんの夢を運んでいた、そんな時代があったんだ。
遠くを見つめながら、Blueforceさんはそんな事を私に伝えたかったんだと思う。
その後、ジャンパ栓の芯数を3歳児に熱く語りだしたので私はそっとその場を離れた。

Tonnneru
鉄道遺産記念公園にはもう一つ、大日影トンネル遊歩道という施設がある。
こちらは平成9年まで実際に使われていた中央本線のトンネル。
中はほぼ当時のまま残されており、歩いて通り抜けることができる。
壁は明治35年に作られた当時のレンガがそのまま残っており、天井部分はSL時代の煤煙がこびりついていたりとなかなか興味深い。
トンネルを抜けるとこじんまりとした「ワインカーヴ驛舎」という甲州ワインの専門店がある。
こちらでお土産のワインを一本買い、トンネルを戻る。

日も傾いてきたところで、荷物を片付け帰路に着く。
Azusa
なんと甲府駅で車両点検があった関係で電車が遅れるという朝の通勤時によく聞く案内放送があり、30分近くホームで待ちぼうけを喰らいつつ、でもまあそれも電車旅の醍醐味。のんびりホームでくつろぎつつ、横浜行きの特急はまかいじなんぞ見送りながら鈍行で帰宅。

関東甲信越小さな旅であったが、のんびり電車に揺られるのもいいもの。
皆様どうもお疲れ様でした。またどこか行きましょうね~~


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2010.04.01

新年度明けましておめでとうございます

街中に、いわゆる「フレッシャーズ」と呼称される新社会人たちが氾濫する時期がやってきた。
いろいろ夢や悩みを抱えて通勤電車に揺られているんだろうなー、なんて思ったりして。

そういえばリーマンショック後の就職難は、バブル崩壊後の就職氷河期に匹敵する厳しさだとか。
そのころ「社会」という荒波に放り出された16年前を思い出す。
あのころはリクナビとかいう便利なアイテムなんて存在せず、自宅に送られてくる企業説明会の応募ハガキが詰まった分厚い小包が就職戦線への赤紙だったなー。
合同企業説明会もたくさん足を運んだ。
新宿のパチスロに捕まり、すっぽかした説明会もあった。あの時執拗に引き留める悪友と別れ、真面目にNSビルへ足を運んでいれば今と違った人生を歩いていたのだろうか。

最初に内定を貰ったのが、今働いているオフィスからも見える某トヨタディーラーだった。
人事部長の面接で、私が物心ついたころ家にあったパブリカの話題で盛り上がったり、はじめて運転したファミリアを「うちだったら3倍売ってた」なんて言われて販売網の重要さを知ったり、いろいろいい経験をした。
結局そこを断り、2年前までいた会社に入ったのだが、内定を辞退したときにその部長は「ごつさんが行かれるという会社は当社ともお取引きがある会社で、とてもしっかりしたところだと思うのでぜひ頑張ってください」なんて言われてちょっとジーンとしちゃったり。
入社後に聞いてみると、営業車はすべてニコニコ現金払いで買ってるとかで、今なら「リースの審査通んないだけなんじゃないの?」なんて勘ぐってしまうが、まあ確かにキャッシュは潤沢な会社だった。

新人研修のときに「骨を埋める覚悟ですっ!そんなの当然ですっ!!」なんて言ったような気もするけど、結局14年勤めて退社。
なんだかんだ言って良い会社だったと思うし、いまでも名残惜しいなんて思う時もある。

でもまあ人生いろいろ、今日から新しい人生の一歩を踏み出すフレッシャーズと呼称される方々は、これから今まで生きていたよりずっと長い社会人人生が待っている。どうか幸多からんことを!

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