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2010年8月

2010.08.29

総合火力演習夜の部に行ってきたよ

昼間の総火演が終わり、装備の展示が終わるとすべて終了である。
しかし今回、話には聞いていた「夜間演習」のチケットもつちだ。さんはゲットしていたのである。

と言うわけで、一旦御殿場まで出て軽く蕎麦と寿司なんぞを引っ掛けた後に再び演習場に舞い戻ったのである。
Yuugure
昼間は待機は緑、実弾発射の際は赤い旗が出るのだが、夜間はそれぞれランプが点灯する。
夕暮れに浮かぶ表示灯と戦車。なんだか不思議な光景。

Yorunosyoumei
演習で使用する標的は、74式戦車のアクティブ投光器で観客に披露される。
この投光器、夜間1500メートル先で本が読める程の明るさを持つとも言われるが、さすがの明るさである。

Yakei
機銃を撃つと曳光弾による軌跡がきれいに浮かび上がる。
撃たれたほうは堪らないが、遠方から見れば発射点が容易にわかってしまう弱点もある。

T74faiya
夜間は発砲炎の撮影は簡単。そう聞いていたのだがとんでもない。
どこに戦車がいるのかわからないし、赤い表示灯を目印にしても砲身が見えないからどのあたりに発砲炎が出るのかまったく予想できない。
しかも三脚を使ってもスタンドは風でゆらゆら揺れるし、なかなか難しいものであった。

というわけでこれでホントの終了。
まだまだ収め切れなかった写真はいつもの別邸で。

演習では戦車や迫撃砲が狙った先は盛り土である。
しかし、有事の際はそこに命のある人間がいることになる。
私は自衛隊を否定しないし応援もしている。だけど、日々人殺しの訓練をしていることも理解している。
そしてそれが悪いことだとも思っていない。と言うかそこを否定したら軍隊を否定することになる。

「抜かずの剣こそ平和の誇り」

抜かない剣でも手入れだけはしっかり怠らず、剣術の腕も磨いてほしい。
納税者であり、そして自衛隊に守られている国民の一人として切にそう願う。

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総合火力演習行ってきたよ

Huzisan自衛隊、海上保安庁関係のイベントは、行ってみたいのだがチケットがプラチナ化してなかなか行くことができなくなってしまった。
なーんて愚痴っていたら、プジョー仲間のつちだ。さんに誘っていただいて平成22年度富士総合火力演習に行ってみた。

演習の内容は…おととしの記事とほぼ同じである。
同じ場所が敵に占領され、同じ場所に隊員を下ろし、同じ場所から攻撃する。
前回と違うのは、今回天気が良かったので航空支援が得られたことと私の武器がD300sにグレードアップしたことである。
F2
洋上迷彩のF-2が陸上を戦闘支援。攻撃的な言葉が使えない自衛隊だが、戦闘支援とは言ってみれば対地爆撃。こういう自衛隊的なところが大好き。

Apattitoride
Kobura
前回は展示だけだったAH-64Dが演習に参戦。
30mm自動式機関砲で敵の足を止める等大活躍。
AH-1Sは薬きょうを回収するがAH-64Dは垂れ流しである。薬きょうの回収は自衛隊の主たる任務のひとつだが、こいつはどうなんだろうか…

Betonamu
やっぱりベトナムを思い出すUH-1。
1962年に採用され、改良型の新品が今でも防衛省に納入されているらしい。

Sabage
チヌークから降ろされた高機動車。
隊員を満載し、周囲を警戒しながら前線に向かうその姿はなかなかに生々しい。
こっち向いている隊員が一人もいないけど、こっちには敵がいないという設定なのか納税者たる国民に実弾をこめた銃口を向けるなんてとんでもないという配慮なのか。

Zirai
92式地雷原処理車による地雷原の啓開。
国内で敵に地雷を撒かれるという時点で負け…いえいえとんでもない。そこから巻き返すのが自衛隊。

Ryuudan
なぜかつちだ。さんとともに夢中になった96式自走120mm迫撃砲。
どうやら北海道にしかない武器で、道外ではなかなかレアな装備らしい。

迫撃砲って、海外ドラマ「ザ・パシフィック」によると一発目はたいてい大きく外れ、そこから修正して打撃を与えている。
なので、「一発目はだいたい当たんないんでしょ?」なんて質問を隊員(しかも偉い人だったらしい)にしたところ、にこやかに「いえいえ、一発目から当てていきますよ」と。
距離がわかれば飛距離が判るわけで、発射の角度で飛距離は変わるのでそこさえ調整すれば当てにいけるそうだ。
ちなみに砲の角度だけでなく装薬(発射のための火薬)の量で飛距離を調整できるとか。
中世の投石器を源流に持ち、単純な構造ながら面制圧に大きな力を発揮し、過去の大戦でも活躍をした迫撃砲だが、シンプルだからこその奥の深さを感じた。

いよいよ戦車による総攻撃である。
ここまでくれば勝ったも同然。黙って敵に蹂躙される自衛隊ではない。
T90happou
T90faiya
源文先生風に言えば「BAM!」「DOM!」である。
いやそれにしても発砲炎を撮るのは難しい。たとえ連写枚数が上がっても、狙った戦車の隣の戦車が撃ったりしてなかなかうまくいかないものだ。

というわけで見事敵を殲滅し、富士の裾野に再び平和が訪れたのである。

--おまけ--
演習が終わると装備品の展示が始まる。
今回、演習には参加しなかった10式戦車も展示されると知り、以前からの疑問点を解決したく、隊員さんに聞いてみた。
Kamera_2
↑コレ、バックカメラですよね?という質問。
答えは「YES」。
「富士学校祭の時、車長も操縦手も前方を見つめ一切振り返らずに猛バックをしたので、実は外部からリモコンで動かしていたのかと思いました」と言うと、操縦席だけでなく車長席にもモニターがあるので90式などに比べとても後進がしやすいと教えてくれた。
ちなみにバックガイドモニターはついていないので、縦列駐車には練度が必要とのこと。

と言うとっても充実した総合火力演習だった。
つちだ。さん、誘っていただき、本当にありがとうございました。

このあとは、こちらは初めて行った夜間演習の巻!

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2010.08.25

「踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!」を見た

新宿に都庁が移転し、史上最大の引っ越しと言われた丸の内から新宿への都庁引っ越しのバイトをしたことがある。

什器に廃棄か残すか区分するシールを貼るのだが、さすが史上最大の引っ越しだけあってそのシールが足りなくなった。
主幹事社だった日通が倉庫から探し出してきたのが「癈」「殘」の旧字体シール。
法人の引っ越しで廃シール、残シールは必需品なのだが、旧字体の時代から必需品だったのを知って驚いたものだ。

というわけで「踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!」を見た。

うーーん、やっぱり面白くない。
いや、主犯があらゆる手段を駆使して共犯者を育て上げるというプロットはとても面白く感じたのだけど、その周辺の引っ越し物語だとかが無駄にゴチャゴチャして全体的を間延びさせてしまい、逆に犯罪そのものがあっさりと描かれすぎているように感じた。
どうでもいい誤診なんてすかっかり省いて、主犯が協力者を育て上げる部分をもっと丁寧に描いていけば面白かったと思うのに…

そもそも、一警察署の引っ越しが日本通運とカエル急便のJVというのが有り得ない。
さらに言えば変なイラスト付きの廃シール、残シールがさらに興ざめさせちゃうんだよね。

つまり、この映画は踊るファンに向けた映画であって、だからこそカエル急便は登場させなければなかったし過去の登場人物を執拗に出す必要があったと。

エンドクレジットでクドカンとか出てたけど、数秒のちっさい写真での登場でも名前が出るのね。
これには数十秒の出演でヘアメイクさんの名前までクレジットされたゴローちゃん同様驚いた。

で、一番面白かったのは予習していかなければ謎の出演者だった研修生、王刑事の太極拳。笑ってたの私だけだったけど。

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2010.08.24

シンガポール海軍フリゲート艦「シュープリーム」

例によって、プジョー仲間のBlueforceさんに誘われて軍艦の写真を撮りに行った。
今回はシンガポール海軍のフリゲート艦「シュープリーム」
Tyoiyoko
レーダーからの隠蔽を目的に独特の形状をしている。
写真では何度か見たことがあるのだが、実物をぜひ見たかったので今回はなかなか興奮モノの撮影だった。
Tyoimae
艦橋の上に載っかっている箱状のものはレドームで、中にくるくる回るレーダーが収まっている。
いやー、それにしてもこの形状はかっこいい。
さすが海洋国家アンドお金持ち国家である。

ほかカメラを潮水に晒しながら撮った写真は例によって別邸で。

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2010.08.23

FACTORY Z

Facutoriz_2四駆仲間の友人に教えてもらってついついポチッとしてしまった漫画「FACTORY Z」を読んだ。
車のスクープ写真を撮影するカメラマンたちが織り成す人間模様が主題の漫画である。
ニコンとランクルをこよなく愛するカメラマンが主人公。ん?

ただでさえ自動車がジャンルという漫画はそれほど多くないのに、クロカン四駆が出てくる漫画なんて希少も希少なのだが、この漫画にはランクルやらレンジローバーやらディスカバリーやらがやたらと出てくるので、読んでてなかなか楽しい漫画だった。

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2010.08.16

65回目の夏

今年で戦争終結65年。

最近話題の100歳以上のお年寄りは、当時アラサー~アラフォーと呼ばれまさに今の私ぐらいの年齢だったわけだ。
今の自分に当てはめ、4年前に戦争がはじまり今終わったと思うと「あれ?なんか人生における戦争の割合って短くね?」と思う。その4年間はとても濃密で、日本の歴史における重みという意味でもすごいんだけど。

というわけで初回からみているザ・パシフィックがいよいよペリリュー島編まで来た。
ペリリュー島とはいまのパラオで、この島での戦いは硫黄等の戦いの布石ともいえるもので米軍側にも大きな損害を与えた。
ドラマを見ていると、ハワイから楽勝にコマを進めてきた米軍という今までの戦争イメージを覆され、たしかに物量では日本を凌駕してはいたが、前線は物資不足もあったし当然ながら兵士の消耗も激しく、楽々戦勝国になったというわけではないことも知った。
そしてベトナムやイラクでは多々聞いてきた心の病も当然ながら太平洋戦争で戦った兵士も抱えることになったということも。

この時期になると、英霊は日本のために戦った、今ある日本の繁栄は彼らのおかげである、なんて言葉をよく聞く。
しかしはたしてそれは事の本質を言い得ているのだろうか。
確かに日本は豊かになり世界でも有数の工業国にもなった。かつての戦勝国を凌駕している部分も多々あるだろう。
最前線で戦った兵士たちは果して何のために戦って、そして死んでいったのか。誰のせいで誰が悪いのか。
毎度毎度のことながら戦争映画やドラマを見ると考え込んでしまう私である。

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2010.08.12

25年目の空

こんな日記を書いていた5年前。
あれからも日本の大手航空会社は一件の死亡事故も起こしていない。(でも乱気流による重傷事故はちょいちょい起きている)
これは当たり前のことなんだろうけどすごいことだし誇れることだと思う。

5年前の日記に、「確か翌日の新聞1面は百里の航空自衛隊偵察機RF-4Eの撮った山の斜面の火炎だったと思う。」と書いている。
先日百里で501飛行隊のRF-4Eを初めて見たときも、この部隊が真っ先に御巣鷹山に駆けつけたのか…と感慨深く思った。

が、朝日新聞のコラムで気になる記述があった。

「▼あの夜、本社のヘリは羽田から現場を目ざした。樹林に炎が揺れる尾根に達したのは、報道では一番早く墜落の2時間10分後。(後略)」(朝日新聞天声人語2010年8月12日付)

ん?
報道ヘリが現場についてまさか写真を撮らない訳ないし、墜落が19時ごろだから撮影が21時過ぎ、デジカメ、Eメールなんてなかったから羽田に戻って現像して…ってやっても多分朝刊には間に合うだろう。
ということは私が自衛隊提供だと思っていた写真は自社で撮ったものなのか?

というわけで朝日新聞に聞いてみた。
当日の紙面を電話で説明してもらったのだが、やはり私の記憶通りの写真が載っていた。ただし、キャプションは「朝日新聞社ヘリコプターから 群馬・長野県境」とついているとのこと。

というわけで、5年前の日記を訂正します。
そして、これからも事故の無い空を祈念しつつ…

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2010.08.01

ザ・パシフィックを見た

スティーブン・スピルバーグとトム・ハンクスらが制作総指揮したテレビドラマ「ザ・パシフィック」を見た。
同じスティーブン・スピルバーグとトム・ハンクスが製作した第二次大戦を描いたドラマ「バンド・オブ・ブラザース」の太平洋戦争版のドラマである。

テレビドラマというにはあまりに大作で驚いてしまうが、日本と海外ではドラマ制作においてお金の流れとかが根本的に違うんだろうなと思った。

今回見たのは全10話のうちの第1話、「ガダルカナル 前編」。
どうしても枢軸国側の視点でドラマを見てしまうのはやむを得ないと思うが、累々と続く日本軍兵士の死体のシーンにはやりきれない思いがした。

歴史考証で高い評価を得た「バンド・オブ・ブラザース」に続く大戦物ということでそのあたりも気になった。
日本軍から鹵獲した日本酒を飲むシーンがあるのだが、それが今とデザインが同じように見える月桂冠の一升瓶で、おいおい、さすがにそりゃ無いだろう、一升瓶の日本酒なんて戦後モノなんじゃないの?と思った。
が、月桂冠株式会社のホームページを見たら昭和3年に発売開始した一升瓶が載っていて、それがまさにドラマに出ていたものと同じで、本気さ加減に驚いた。
海兵隊員は「ロバの小便」なんて言いながら飲んでいたが、それでも月桂冠は協力したのだろうか…

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