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2011.06.25

ぼくらのDNAに刻み込まれた

Bakuhatuお腹いっぱいになって、さてどこかでお腹を休ませないと…という訳で万博公園に向かった。

1970年。私の生まれた年でもあるこの年にあった大阪万博。
もちろん写真や映像でしか見たことは無いのだが、その名を聞くとなんとなくキュンとくる「大阪万博」である。

Tou
万博と言ったらやっぱこれ。
私の中で万博と言ったらサンヨーの人間洗濯機と電気通信館の携帯電話なのだが、やっぱりこれも外せない。

Senaka
背中は初めて見た。こんな黒いヤツがいたなんて。
未来を表す上部の黄金の顔、現在を表す正面の顔、そして過去を表す背面の黒い顔。塔内にあり、現在行方不明の「地底の太陽」を探しているというニュースは聞いたことがあるが、黒い太陽は知らなかったなぁ。

万博の痕跡はこの太陽の塔くらいしか残っていないかと思っていたのだが、園内の案内図を見ると「EXPO'70パビリオン」なるものを発見。
そばにいた係員に聞いてみると、「当時の空気に触れることのできるパビリオンですよ」と。
それそれ!そういうの求めてたんだよ!
という訳であわてて駆けつけてみる。

Tekkoukan万博時の鉄鋼館をそのまま使ったEXPO'70パビリオン。
館内に入ると、1965年万博開催決定から70年3月の開会式、9月の閉会式からその後までの当時の空気を感じさせる展示でもう何ともお腹いっぱい。
当時、東京ではなく大阪で開かれるということで大失敗も予想された万博であった(実際、1日の最小入場者数は開会式翌日だった)が、日を追うごとにフィーバーを増し、最終的に叩き出した入場者数は上海万博に抜かれるまでの万博記録だったわけで、昔っから日本人は熱しやすかったんだなぁと。

Nttkdd展示の一つ、各パビリオンの概要が載ったパネルで見つけた電気通信館。
電電公社と国際電信電話の共同事業だったようだが、建物の設計は日本電信電話公社建築局。ヤバい。なんかカッコよすぎるんですけど。
今に残る歴史的建造物を数多く建ててきた逓信省営繕課の流れも汲むらしいが、電電公社が民営化した今、その後が気になる。
という訳でグーグル先生に聞いてみたところ、NTTファシリティーズがその末裔らしい。
電電公社も国際電信電話もカタカナ社名になってしまったこんな世の中、当然そうなりますわな。

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コメント

って言うより、ごつさんがそんなに年上な事に大衝撃!!!

投稿: 発音記号! | 2011.06.26 10:41

いいな!
私も生の太陽の塔が見たいんですよー。
大阪や神戸や京都など、結構頻繁に行っていて、自分なりのコース設定にこの塔の見学を含んでいたこともあるのに、なぜか見に行けてないんです。
次は絶対見に行きたいと思ってます。
岡本太郎生誕100年の年ですしね。

投稿: ロコ | 2011.06.26 12:05

1枚目の写真、なんか合成みたいねhappy01
よく撮れてると思うので、ダマさんのPCに写真送ってくださーいcamera
(例のヤツもねgood
お待ちしてます~upup

投稿: ダマ嫁 | 2011.06.29 23:09

>発音記号!さん
あれ?知りませんでしたっけ?一昨年くらいからアラフォーを名乗れるようになりました(笑)

>ロコさん
太陽の塔って自由の女神よりも大きいんですって。今回はじめて知りました。
塔とEXPO'70パビリオンは必見です!

>ダマ嫁さん
どうもお世話になりました。
写真は近いうちに送りますね~

投稿: ごつ | 2011.07.04 23:28

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