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2012年3月

2012.03.31

春は別れの季節

19で免許を取り、23で初めてマイカーを手にした。
就職の内定を得て、人生で一番やることの無かった時期である。
就職活動中に見かけた中古車屋で目に付いたY160サファリ。
お金をかき集め、よし買おう!と思いつつコレでいいのか、本当はパジェロが欲しいんじゃないのか、などと悩んでいるときに見かけた真っ白なランクル60。これは一目ぼれだった。
そう、ランクルが欲しくて欲しくて買ったわけじゃなかったんだよな。

それからはディーゼル規制との戦いで、(買うときに判ってはいたのだが)車検が通せなくなる時期が来てはランクルからランクルへと乗り換えていった。
60から70、80ときてついに規制の無いガソリンの80を買ったのが9年前か。
マニュアルミッションに載せ変えて公認を取って、前後デフロックも付けてウインチも載せて・・・
正直最強のランクルだった。

お世話になってる四駆ショップの社長はよく言っていた
「世界一安くランクルに乗れる日本人は幸せだ」
私が買ったランクルは新車で500万円くらいで買えたが、オーストラリアでも中東でも2倍近くしたはずだ。
20代30代の若者がランクルを乗り回してるのを見て外国人は驚いたそうだ。

そんなこんなで18年とちょっと乗り継いできたランクルから足を洗った。
年始頃はまだ売る気なんか無かったのだが、車検の切れた不動産を持て余しているうちに年度末。ここ数年は年に1000キロ走るか走らないかで、ミッションもいい加減ギアが入り辛くもなってきて部品交換の時期が来たかなぁなんて思っていたのだが、このまま4月が来て自動車税の納付書が来る前に・・・と一念発起し、売ってしまった。

Osyasin


実際はランクル100も気になってきたし実は他の四駆も気になってきちゃったりで、まあいい区切りかなと。

せっかくランドクルーザーマガジンの中の方(?)からコメントを頂いたところだが、18年ぶりの「ランクルの無い生活」が始まる訳で。

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2012.03.21

CHAPTER:937 18年目の再会

KitonまったくインターネットやらSNSとやらは便利だ。
とあるSNSで「あのMASTER キートンが復活」というニュースを聞いて、漫画でワクワクするという思いを久しぶりにした。
高校から大学に掛けてどっぷりハマった漫画の一つで、単行本は何回も読み返したフェイバリットコミックのひとつだ。

という訳で、超久しぶりにコミック雑誌を買ってみた。
学生時分はもっぱら小学館派で集英社の雑誌はほとんど買ったことがなかった。
何故かは判らないけど、小学館の雑誌に連載されていた漫画とは相性が良かったんだろうなぁ。

復活MASTERキートンは隔週発売のビッグコミックオリジナルに連載されるようだが、どうやら不定期のようで次回は5月掲載とか。
なかなか待ち遠しい雑誌発売日だが、これも久しぶりな気分だ。

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2012.03.17

ブックマーク

ここ数年、いろいろな人のブログを読むのをRSSに頼っている。
ブログの更新があると教えてくれるこの仕組み、すごく役立ってはいるんだけど、中にはこれを実装していないブログもあり、結果そのようなブログを見に行くことも少なくなってしまった。

ふと思い立って、ブラウザのブックマークを片っ端からチェックしたんだけど、なんかタイムマシンで過去に戻った気分。
2009年とか2010年で更新が止まってるブログが結構あった。
アカウントも削除されて運営会社のトップページに飛ばされるのもちょいちょいあって、時の移ろいを実感。

新卒で入社してすぐに人事部長に言われた「会社作って10年後に残るのは3割以下。それだけ会社を続けるってのは難しいんだ。」って言葉を思い出す。

このブログを始めたのが2004年の9月。10年はまだまだ先だけど細々とでもいいから続けていきたいものだ。

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2012.03.12

次期主力多用途車

めでたく2回目の車検も通した307CCは元気そのものなのだが、そろそろ歴史上のクルマのジャンルに片足突っ込みかけているランクル80は不動産になってもうすぐ2ヶ月半。
車検を通す気はつい先月くらいまではあったのだが、ここのところモチベーションは落ち気味。
久しぶりにエンジンをかけようと思ったが、予想以上にバッテリーは空っぽで、キー抜き忘れのチャイムもならなかった。
Herupuまさか陸の巡洋艦がおフランスの気取ったお嬢様に助けてもらう時が来るとは…
なんか4月までこのままで自動車税取られるのもなんだかアレだし、どうしたものか迷い中である。


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2012.03.11

あれから一年

9.1、12.8、8.6、8.9、8.15、1.17… 日本には記憶にとどめなければならない日がある。
今日3.11は最も新しいその日だと思う。

私は1年前の今日、三重県四日市市にいた。「立ちくらみかな」と勘違いするほどの揺れを感じた。正確には「立ちくらみかな」と思っていたが、その後のニュースであれは地震だったと判った程度の揺れだ。

その日の夜、四日市で軽く飲んだ。
正直、空気が違いすぎた。
同じ夜、東北では何千人もの方が亡くなり、東京では家に向かって夜通し歩いている同僚がいたのに、私は居酒屋にいた。
テレビは特別番組を流していた。でも食い入って見ていたのは私くらいだったかもしれない。

そういえばそうだった。95年1月17日。神戸の惨状を知ったのは横浜の定食屋で昼メシを食べているときだった。
高速道路がなぎ倒されている映像を見て衝撃は受けたが、それはニュージーランドを襲った地震で崩壊したクライストチャーチの街並みを見るのと同じ感覚だったかもしれない。

四日市の居酒屋で「すごいね」「大変だね」という言葉は交わされていたが、私の思っている「大変だ」とはちょっと重さが違っているように感じた。
でもこれは責められないし責めることでもない。
「距離」にはだれも勝てないんだ。

3月11日、たぶん日本、いや世界中で犠牲になられた方々に向けて祈りが捧げられるだろう。
そして、地震国日本では去年の3月11日だけでなく、毎年少なくない人数の方々が地震によって命を落とされていることも忘れてはならない。

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2012.03.10

夜行に乗って

Dosu_2という訳で、大学の後輩の結婚式に呼ばれたので行ってみた。
とはいっても、場所は広島。そう簡単に行ける場所ではない。
チャペルでの式の時間を考えると、始発の新幹線で向かえば間に合わないこともない、のだが、ここは以前から乗りたかった寝台特急サンライズで向かうことにした。

以前、大阪出張の帰りに乗ろうと前々日ぐらいに席を取ろうと思ったらなんと満席で乗れなかったことがあった。
今回はきちんと計画通り、2週間前に席を取ろうとみどりの窓口に挑むも、なんと狙っていたシングル席は完売。
窓口の人に「シングルDXしか残ってないねぇ。どうする?ん?乗りたいなら買うしかないよ?」と営業トークを受け、予算オーバーながらキープしちゃった。
2週前でもダメなのか・・・まぁ大阪の時もそうだったけど、金曜日の夜は相当早く動かないとだめなのかな。

Sanraizuで、以前からやりたかった「横浜駅から寝台列車に乗車」を実現。
なんか日常の風景から非日常がスタートするのってワクワクするね。
崎陽軒の横濱チャーハンを買おうとするも、夜も10時を過ぎていたのでどこも売り切れ。
しようがなくコンコースで売っていたピザを買い車中の人に。

Singuruderakkusu話には聞いていたけど、さすがにシングルデラックスは至れり尽くせり。
しっかりしたデスクもあり、格安ビジネスホテルよりは確実にくつろげる。

ビジネスホテルクラスとは言わないまでも、ベッドで寝ながら長距離を移動するというのが普通ではなくなったのはいつの頃からだろうか。
深夜にツアーバスで移動するのが一般的になった今、一度にバス何台分もの人間を横に寝かせて移動できる夜行列車の需要は必ずあると思うんだけどなぁ。

Yui国道一号との並走区間、大好きな由比を過ぎたあたりで寝ようとするも、深夜に二度の緊急停止があったおかげであまり熟睡もできずにまずは岡山に到着。
ここから新幹線で広島に向かい駅直結のホテルに無事到着。

Kiyanonそれにしても式場カメラマンって必ずキヤノンだよなぁ…などと思いつつ友人を祝福。
末長くお幸せに~、と祈念した後はのぞみ号で帰京。

行きに一晩かかった東京-広島も新幹線パワーを使えば4時間。うん、やっぱ遠いわ。
新幹線と飛行機でよくつかわれる「4時間の壁」を実感した。
飛行機だと1時間半で着くけど、運賃や広島空港までの足や運賃(新幹線の約1.5倍)を考えると、よっぽどでない限り新幹線だなと。

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2012.03.05

ご祝儀相場

大学の後輩が結婚した。
結婚式に招待されたのだが、ここで悩むのがご祝儀である。

以前、仲の良かった友人の結婚式に招待されたとき、ご祝儀に小切手を包もう!と思い、まずは当座口座を開こうと思ったが、あまりの面倒くささに断念したことがある。

2000円札を15枚包んだこともあった。
ご祝儀袋の分厚さに受付の人がビビってたのは良い思い出。
しかし、結婚した当の本人は「ご祝儀関係は全部親戚に任せてたよ」と私の札束は見なかったようで思いっきり肩透かしを食らった感じだった。

Taisisyotoku最近は聖徳太子の1万円札(C号券と呼ばれる)で包むことが多い。
注意しなければいけないのは、最近のご祝儀袋は現行のお札(いわゆるE号券)のサイズに合わせているため、ちょっと大きいC号券は入らない場合が多い。
そのため、C号券に切った紙きれを文具店に持って行き、中身の袋に合わせて入るか確認してから用意しないと痛い目に合うので注意が必要だ。

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2012.03.04

夜桜見物

Yozakura前々から一度見てみたいと思っていた、河津桜を見に行った。
今年は寒さの影響で開花が遅れに遅れ、例年なら盛りの過ぎた今頃でもまだ満開ではなかったのだが、それでもソメイヨシノとは一味違う桜を満喫できた。

本当は夜ではなく昼間から見に行くつもりだったのだが、例によってノープランだったので昼過ぎに家を出発。
途中、いろいろなところで渋滞に巻き込まれ、昼過ぎぐらいに通過する予定だった伊豆高原も4時を回ったころに通過。
Kafebiただ、ここでランチに入ったCafe Beというピザ屋さんがなかなか大当たり。
人懐っこい大将が石窯で焼くピザは、大きな具がどっしり乗って、生地がもちもちしててとても美味しい。
しかもとりあえず何かを頼むとコーヒーが飲み放題というのもまったり過ごすにはいい感じ。
「伝説のカレー」というメニューも気になるが、そのカレーにチーズを乗せて石窯で焼くという「あー、ちっちっ」というメニューも気になる。
テラス席は犬オーケーなので、暖かくなったら誰かの犬連れてまた来たいものだ。

という訳でまったりゆっくりしていたら河津に着いたのは18時過ぎ。すっかり暗くなってしまったが、ライトアップもあると聞いていたのでそれらしい明りを探すも辺りは真っ暗。
どうやらライトアップされるのは限られた場所だけらしい。
Moeruyozakura上野のお花見会場までは期待していなかったが、それでも思った以上に狭いエリアがライトアップされていてちょっと戸惑ったが、でも屋台なんかも何軒かあって賑わっていた。
うーん、それにしても温暖だと思ってた伊豆も寒波の影響があるんだなーと。


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2012.03.01

もうすぐアルミニウム

-村雨橋
時は1972年、ベトナム戦争の真っただ中。
米軍相模補給廠基地で修理され、国道16号を南下し横浜市神奈川区にある横浜ノース・ドックから再び戦場に送られる戦車を阻止せんと立ち上がる男がいた。
時の横浜市長、飛鳥田一雄である。

米軍相模補給廠は全世界に展開する米陸軍が使用する兵器を補修する整備施設があり、ベトナム戦争では米軍にはなくてはならない重要な施設だった。
そして横浜ノース・ドックは相模補給廠の玄関口としてこれもまた重要な施設だった。

あのころ、国道16号からノースドックのある瑞穂埠頭までは、破損して窓枠に血のりのついたUH-1を運ぶ米軍のトラックをたびたび見かけるほど戦争に直結した道路だった。
革新市長の飛鳥田一雄は道路交通法車両制限令に基づき、重量制限違反としてノースドックに通じる村雨橋を戦車を積んだトラックが通ることを禁じたのである。

車両制限令を改正し、重量制限を緩和した政府は戦車を通そうと機動隊を導入。阻止せんと座り込みをしていた市民や社会党員などを実力で排除した。

それから31年。
9年前の3月1日。村雨橋は土砂降りだった。
この日、私の結婚式の二次会を横浜ノース・ドック正門の手前にあるバー、ネプチューンで開いた。陸の孤島、というか周囲を運河に囲まれた本当の孤島にあるので会が終わった後、参加してくれた皆さんは本当につらい思いをしたそうだ。
村雨橋の手前、JR貨物高島線の踏切は完全に冠水し大変な状況だったとか。

いや本当に申し訳ないとは思ったが全ては後の祭り。
冠水した踏切を着飾った女性を通すべく奮闘した友人にはお礼を言いたい。その話、何度も聞いたよ。

Kekiというわけであれから9年。土砂降りのおかげであれこれ計画が狂い何かと思い出のある結婚記念日がやってきて、ささやかなお食事会。
「えー、雨降って地固まるなんて申しまして」、なんてのは雨の日の結婚式の常とう句なのかもしれないが、まあそう言うしかないよね、というわけで来年はいよいよ軽金属婚式である。
月日が経つのはあっという間だなぁ…

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