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2012.03.01

もうすぐアルミニウム

-村雨橋
時は1972年、ベトナム戦争の真っただ中。
米軍相模補給廠基地で修理され、国道16号を南下し横浜市神奈川区にある横浜ノース・ドックから再び戦場に送られる戦車を阻止せんと立ち上がる男がいた。
時の横浜市長、飛鳥田一雄である。

米軍相模補給廠は全世界に展開する米陸軍が使用する兵器を補修する整備施設があり、ベトナム戦争では米軍にはなくてはならない重要な施設だった。
そして横浜ノース・ドックは相模補給廠の玄関口としてこれもまた重要な施設だった。

あのころ、国道16号からノースドックのある瑞穂埠頭までは、破損して窓枠に血のりのついたUH-1を運ぶ米軍のトラックをたびたび見かけるほど戦争に直結した道路だった。
革新市長の飛鳥田一雄は道路交通法車両制限令に基づき、重量制限違反としてノースドックに通じる村雨橋を戦車を積んだトラックが通ることを禁じたのである。

車両制限令を改正し、重量制限を緩和した政府は戦車を通そうと機動隊を導入。阻止せんと座り込みをしていた市民や社会党員などを実力で排除した。

それから31年。
9年前の3月1日。村雨橋は土砂降りだった。
この日、私の結婚式の二次会を横浜ノース・ドック正門の手前にあるバー、ネプチューンで開いた。陸の孤島、というか周囲を運河に囲まれた本当の孤島にあるので会が終わった後、参加してくれた皆さんは本当につらい思いをしたそうだ。
村雨橋の手前、JR貨物高島線の踏切は完全に冠水し大変な状況だったとか。

いや本当に申し訳ないとは思ったが全ては後の祭り。
冠水した踏切を着飾った女性を通すべく奮闘した友人にはお礼を言いたい。その話、何度も聞いたよ。

Kekiというわけであれから9年。土砂降りのおかげであれこれ計画が狂い何かと思い出のある結婚記念日がやってきて、ささやかなお食事会。
「えー、雨降って地固まるなんて申しまして」、なんてのは雨の日の結婚式の常とう句なのかもしれないが、まあそう言うしかないよね、というわけで来年はいよいよ軽金属婚式である。
月日が経つのはあっという間だなぁ…

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