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2014年4月

2014.04.27

国賓来日

Sukiyabasiziroアメリカのオバマ大統領が国賓として来日した。

来日はAPEC以来だが、前回は忙しくてなかなかお出迎えができなかったので、今回は満を持してのお出迎え。

夕方羽田に着き、そのまま安倍総理主催の非公式夕食会に出るとの情報があり、てっきり総理公邸で行われるかと思ったが、銀座の有名寿司店で行われるとの新情報が。

とりあえず銀座に向かったところたくさんのお巡りさんで警備が厳しい。
銀座で寿司と言えばすきやばし次郎かなぁなどと思っていると、どうやら当たりのようで、次郎のあるビルの周囲は完全に封鎖されていた。

あとは総理と大統領の車列がどこを通るか、だが、晴海通りか外堀通りに専用車を停め、そこから歩いて行くと踏んでまずは外堀通り沿いで待機。

だが、地図で見ると晴海通りから歩いた方が店までの距離は短い。
ってことは皇居のほうから数寄屋橋交差点を過ぎた辺りに車列は停まるとみてグッチ銀座店の晴海通りを挟んだ反対側で待機。

晴海通りの信号が規制され、赤色灯が見え、来たか!

っとなったそのとき。

Kanasiminosasetu無情にも数寄屋橋交差点を左折する総理大臣専用車を警護するベンツ。
外堀通りに停めるのか!と慌てて移動するが、外堀通りにも車列は見当たらず。
と、数寄屋橋交差点のほうを見ると、細い路地に入っていく黒塗りのSUVが。

Ziromaeまさかそれは無いと思っていたビルの路地に吸い込まれていく車列。
あの細い路地にデカい車の数々を押し込むとは。

こうして初日のお出迎えは失敗に終わったのであった。

そしてリベンジは日本を離れる日。
その時の様子はお約束の別邸で。

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2014.04.20

プチドライブ

ふと美味しいお魚が食べたくなったので、伊豆半島に足を伸ばしてみた。
休日の午前とはいえ、天気もそんなに良くなかったからか海沿いの道はどこもガラガラで、あっという間に伊東に到着。

ここで商店街をぶらつきながら、伊東魚市場仲買人直営という「まるげん」へ。

ちょうど開店時間に着いたのだが、店の前には数グループが待っていて、なかなか人気のあるお店のよう。

Kaisendonさっそく人気の海鮮丼を注文。
そして、湘南でもなかなか食べられない今朝揚がったばかりという生シラスを追加で。

Namasirasuうんうん、これは美味しいね。
満足してお店を後にし、次の目的地はプジョー仲間のみちみち家と合流し、お茶などを。

この間の沖縄土産を渡すのも今回のドライブの目的の一つ。
詳しくはぽるかタイムズ 旅情編を見ていただければ。(まる投げ)

懸案だったお土産譲渡会も終わり、さて夜ごはんということに。

そこで以前から気になっていた、みちみち家ご推奨の三島のラーメン屋さん「一庵(あんあん)」へ。

Anan食べログの口コミ(たった2件だけど)に「古民家風」と感想を書いている方がいるが、これは間違っている。
古民家風、ではなく古民家だ。

Ramenyaいや、ただの民家だな。
厨房も完全に台所。
お店でくつろいでると、常連さんらしきおばちゃんと酔っ払ったおっちゃんが入ってきて、わいわいしゃべりだした。
おばちゃんは「野菜サラダちょうだい」と言っていたが、メニューにそれは載っていない。裏メニューだ。

Dogcafeそしてこの家、いやお店はわんこOKの自称ドックカフェなのだ。
カフェという割にメニューにコーヒーが見当たらないが、頼めばたぶん作ってくれるだろう。

Tanmenという訳でおしゃれドックカフェでタンメンをすする。
お肉もたっぷり入ったタンメンは体が温まる。
他にも魅力的なメニューが並ぶが、どれもカフェっぽくなく居酒屋風なのが気になるが、また来て一休みしたくなるそんなお店だった。

伊豆半島はそれこそクルマの免許を取って以来何度も行き来した場所だが、今でも新しい発見のある楽しいスポット。
これからもお世話になるんだろうなーなんて思いつつ、新東名でスパーンと帰宅した伊豆めぐりの一日だった。

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2014.04.19

東京駅の歴史の証人

東京駅に開業時から残る建造物が姿を消すと聞いて、ちょっと見物に行ってきた。

東京駅は1914年竣工し、今年で開業100年を迎える。
東海道線の起源でもある新橋~横浜間に鉄道が開通したのが1872年、山手線が品川~池袋~赤羽間で開業したのが1885年であり、東京の鉄道の歴史からみると東京駅は新参者なのである。

Toukyouekinoyane東京駅山手線外回りと京浜東北線南行ホーム5,6番線の、有楽町駅寄り約100mの屋根を支える柱の一部が開業当時から残っているという。

ちなみに架線を支える架線ビームも当時のものだとか。
東京駅は関東大震災は耐えたものの、東京大空襲で大きな損害を受けた。
それすらも耐えて残った柱はまさに歴史の生き証人だ。

Hasira架線ビームを支える柱は緑色に塗られている。

Montyu頭頂部に施された植物のレリーフに、当時最新の建造物を作った人たちの意気込みを感じる。

Rettei当時の工事業者さんは、100年後もここまでいろいろとくくりつけられながら現役で頑張ってるなんて想像していただろうか。100年後も残る仕事。尊敬である。

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2014.04.11

パリダカ

先日、三菱自動車がランサーエボリューションの生産を終了する方針を明らかにした。
ランサーといえばそもそも初代ランサーのころからラリーシーンでは活躍し、三菱といえばラリーの土台となったクルマだったろう。
ラリーアートが活動を大幅に縮小した今となっては三菱の車がラリーシーンに戻ってくるのを期待するのは難しいかもしれないが、そんななか久々にワクワクするニュースが。


プジョー、新型マシン「2008 DKR」で2015年にダカールラリー参戦
(Car Watch)

私がプジョーを知ったきっかけはパリダカだ。
もう20年以上前になるけれど、応援していたパジェロがなかなか勝てないのがプジョーだった。

そんなプジョーも1990年に405ターボ16で優勝して以来シトロエンでの参加に切り替えていたが、それ以来の復活となる。


公式動画にも懐かしいプジョーがバンバン登場するが、パジェロを抜くシーンがちらほら登場するのが何ともくやしい(笑)

2008ベースのスペシャルマシンで再挑戦するとのことだが、どんなクルマになるのか今から楽しみだ。
そして、できることなら三菱車との熱いデッドヒートもまた見てみたい。

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2014.04.06

夜桜見物

皇居乾門の桜が見事だ、とニュースは言う。
よし日曜日に行こう、と決めたのは週末。
今朝起きたのは9時。
雷雨を見て心が萎える13時。
雲行きが良くなるのを見て家を出る決心をしたのは14時半。
乾門の入場は15時まで。
はい終了。

だがしかし、これで終わるのはもったいない。
西の空を見ると雲の切れ目も見える。
ネットで「横浜 桜の名所」で検索すると、いいの見つけた。

横浜三溪園観桜の夕べ
なんと今日まで。

という訳で、いつだったか蛍を見に行った以来の三溪園に行ってみた。

最終日なので混雑を予想して行ったが、それほどでもなく撮影スポットの場所取りも平和的に。
Sankeiennnosakura京都の廃寺だったという燈明寺から移築された三重塔が見下ろす池のほとりにライトアップされる桜。

徐々に日が暮れ、雨上がりの澄んだ空に夕闇が訪れる。
Saranihigakurete4月とはいえ少々肌寒い暮れ合いの空に浮かぶ三重塔。そしてライトに浮かび上がる桜。
横浜とは思えない光景に周囲からもシャッターを切る音がひっそりとこだまする。

そしてもちろん
Sakuradango花より団子。
三溪園茶寮の観桜の夕べ名物さくらだんご。
手焼きの優しい味が風情にぴったり。

Sanzyuunotou夜空に浮かぶ三重塔を眺めながらお団子をいただくなんて、なんて贅沢なんだ。ちょっと寒いけど(^-^;

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2014.04.05

海羽田3にいってみた

前回、前々回と回を追うごとにパワーアップしてきた海羽田。
今回、いよいよ国内航空会社から旅客機型ジャンボジェット機が姿を消すということで満を持しての第三回海羽田が悪天候の中決行された。

主催はおなじみmucchiさん。

彼とはBlueforceさん経由で知り合ったのだが、その経緯はあまりよく覚えてない(笑)
ただ、ひょんなことからmucchiさんと会ったBlueforceさんから、「ちょっと変わったヤツだった」と聞いたのをとてもよく覚えている。

そんな「ちょっと変わった」mucchiさんだが、海羽田Ver.1で初めて会ったmucchiさんはやっぱりちょっと変わってて抜群に面白い人だった。

そして驚くのがその交友関係の広さ。
航空機関連を趣味にしてる人ならだれでも知っているような業界有名人を「飲み友達なんだ」とサラッと言ってしまう辺りもまたmucchiさんの面白いところなのだ。

そんなmucchiさんは全日空の特設サイトで見ることができる。笑っちゃうくらいの存在感で登場している。

そんな海羽田3は、初回の原点に返り大田区の多摩川河口付近からの出発。
呑めや歌えやの普通の屋形船と違い、まずは無線機撮影会。
Musenkisatueikaiカメラ機材を並べて撮るというのが一部で流行ったりしているが、海羽田はさらに一歩先を行くのである。

多摩川河口から海老取運河に入り、ポンジュースの大看板を鑑賞。
Pon羽田が沖合に移転する以前、3本の滑走路はかなり内陸寄りにあり、運河岸壁には飛行機から見えるような大きな看板がいくつも立っていた。
滑走路が沖合に移転した後は、離着陸する飛行機からこの岸壁は遠くなってしまい大看板も消えていいたのだが、なぜかこのポンジュースは今も残っている。

そして私的にはジャンボに匹敵、いやそれ以上に興味深かった羽田可動橋。
Kadoukyou1
Kadoukyou2首都高羽田線の羽田トンネルと並行して架けられた羽田可動橋は、付近の工業地帯を航行する大型船に備えた旋回橋方式の可動橋。

首都高湾岸線が開通し、羽田線の慢性的な渋滞が解消した後は使われなくなった幻のバイパスに架かる橋である。

むかーしこの橋の全容が知りたくて付近を探索したのだが、首都高施設に阻まれて近づけなかったことがあったのだが、こんな間近から見ることができて大興奮である。

橋の管制塔のような建物も見えるが、あの塔に人が入り、この橋が再び動きだすことはあるのだろうか。
なんでも、羽田空港拡張による高速道路需要の増加に備えこの橋も撤去されずに残っていて、しかも保守管理のために動かすときがあるとか!

勝鬨橋は「動かない現役の可動橋」だが、この橋は「動く現役の可動橋」として復活して欲しい…

そんなこんなで屋形船はB滑走路の誘導灯付近に停泊。

この日は風も強く、波風に翻弄される屋形船を船長さんは巧みに操船。
細かい位置の指定など普通の屋形船ではないだろうに、それに応えて頂き本当に感謝である。

Nanametyakuriku飛行機もフラフラ煽られながら下りてくる。
ジャンボが下りてくる頃が一番ひどい雨で、本当なら屋根の上であれこれ撮りたかったのだがそれは諦めて室内からまったり撮影。
それができるのも、濃口マニアから薄口マニアまで分け隔てなく受け入れてくれる海羽田ならではか。

Raionそうこうしているうちに帰港の時間。
船を下りた後は羽田空港おなじみの銀座ライオンで反省会。
反省会直前、羽田から千歳に向かうジャンボが離陸するなど、濃口派も満足のタイムスケジュールはさすがmucchiさんである。

反省会も、特にだれが反省する訳でもなく、気の合った仲間たちとおのおの飛行機の話や飛行機じゃない話などで盛り上がり、そしてサプライズのお土産企画。

Tagu海羽田3特製REMOVE BEFORE FLIGHTタグ。
これはなかなかにスペシャルなお土産。

そして宴も解散…?という訳に行かないのが海羽田。

先ほど千歳に飛んで行ったジャンボが帰ってくるというので展望デッキに移動。
ちょうど着陸したところだった。
Otehuri機長が屋根の非常口から身を乗り出してのさよならの挨拶。

そしてようやく海羽田も終了。
いつもながらmucchiさんの仕切りに大満足しつつ羽田を後にした。

最後に屋形船船長の巧みな操船の軌跡をここに記しておしまいにしたいと思う。
Okiai

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