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2018.05.04

雪の進軍氷を踏んでどれが河やら道さえしれず

一度行ってみたかったとこリストの上位にあったのが八甲田山。

そう、新田次郎の山岳小説、八甲田山死の彷徨の舞台になった山。

中学生のときに小説を読んで一度訪れたいと思っていた。

日本陸軍第8師団歩兵第5連隊が、青森市街から八甲田山の田代新湯に向かう雪中行軍の途中で遭難した八甲田雪中行軍遭難事件は、参加者210名のうち199名が亡くなるという世界最大級の山岳遭難事故だった。

なんでこんな訓練が行われたのかというと、当時ロシアが日本を狙っているという国際情勢の中、冬季にロシア軍が青森の海岸沿いに上陸し鉄路を破壊した場合、八戸に荷揚げした物資を内陸山間部を使って輸送することが可能かの調査が主な目的だったという。

単なる縦走訓練かと思っていたのだが国際情勢を鑑みた訓練だったのを知った。

Kinenkanまず訪れたのは八甲田山雪中行軍遭難資料館
Goto雪に屹立しながら気絶していた後藤伍長の有名な銅像のレプリカがお出迎え。
係りの方から「ホンモノはここから10キロぐらいの山の中にあるからぜひ見ていってください」とアドバイス。

館内は興味深い資料ばかりで、じっくり見ると半日はかかってしまいそう。
小説や映画を見ただけだとではよく分からなかった遭難した位置関係がよく分かるジオラマはいつまでも眺めていられる。

じっくり見学した後は、隣接する、遭難した兵士の多くが眠る幸畑陸軍墓地で手を合わせる。

ここから車で後藤伍長の像が建つ遭難の地へ向かう。

幸畑陸軍墓地から車で数十分で銅像茶屋に到着。
ここに車を止め、丘を登る。
資料館の人に「残雪があるから気をつけて」といわれたが、確かに少し雪が残って歩きづらいところもあった。

Sounan雪中行軍では広い範囲で遭難しているが、この周辺でなくなった方が一番多いとのこと。

Zou遭難事件の翌々年に建てられた銅像。
装備品も含めてかなりリアルに作られている。

当初ここで後藤伍長は発見されたのかと思ったが、発見されたのはもっと陸軍墓地よりの街道沿いだったそう。

ここで手を合わせ、銅像茶屋で一休み。
Miyagemonoya
Misooden5月とはいえ残雪も残る肌寒い山中で食べるみそおでんの美味しいこと。

そんなこんなで八甲田山を後にし、ホテルのある十和田湖に向かうのであった。

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