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2016.05.31

ないない運動

私が高校生の時分、神奈川県では「四プラス一ない運動」が学校内に吹き荒れていた。
80年代に盛りあがったバイクブームで、高校生の事故や暴走族の危険走行が目立つようになり、全国高等学校PTA連合会が決めた「オートバイの免許を取らせない」、「オートバイに乗せない」、「オートバイを買わせない」の「三ない運動」に加え、特に暴走族が多かった神奈川県は「車に乗せてもらわない」、「親は子供の要求に負けない」を足した「四プラス一ない運動」を強力に推し進めたのだった。

高校の友人が体育館に置き忘れたブレザーから免許証が見つかって謹慎を食らったり、友人のバイクの後ろに乗っていて「自動二輪車等乗車方法違反」で捕まった時、鬼の二交機のお巡りさんが「神奈川で高校生がバイクの免許取っちゃヤベーんじゃねーの?ww」とニヤついてきたりとこのルールには陰に陽にと影響を受けてきた。

私もバイクの免許を取りたかったのだがこのルールのおかげで取ることができず、今でも免許を持っていない。

最近、バイクの免許も欲しいなぁと思うようになり、ふと「四プラス一ない運動」が気になって調べてみたら、なんと私が高校を卒業した翌年に廃止され、「かながわ新運動」と呼ばれるものに転換されていた。

かながわ新運動は免許取得を禁止せず、免許取得者に対して安全講習などを行って車社会の一員としての自覚を促すものらしい。

あぁ、これがあと4年早く導入されてればなぁ…

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2015.09.18

寄付金

先日、川崎の溝の口駅を歩いていると募金を募っている団体がいた。

東日本大震災以降、駅のコンコースなんかでペットの避難場所がどーたらこーたらといって募金を集めている人たちをよく見る。
あまり聞いたことのないNPO法人だったりすると途端に怪しく思えてしまい、まじめに活動をしているとしたらそれは申し訳ないのだけどなんとなくうさんくさいものを見る目で見てしまう。そこはしょうがない。

で、彼らもそんな怪しげなNPOかと思ったら、掲げたのぼりに「国境なき医師団」の文字が。
おいおい、ノーベル平和賞も受賞した特A級のNPOじゃないですか。

国境なき医師団のWEBサイトを見ると、まずトップに国境なき医師団のロゴを誇らしげに掲げるランクルが。
もうそれだけで支援に値する。

というわけで募金をしようと財布をガサゴソしながら近づくと、お兄さんから声をかけられた。

「国境なき医師団をご存知ですか?」

いやふつう知ってるでしょと思いつつ、募金箱を探すが見当たらない。
よくよく話を聞くと、クレジットカードで毎月継続的に募金をするシステムという。
街中で現金を扱わなくていいし、月々定期的に入金されるから効率もいい。これはユニセフでも採っている合理的な仕組みだ。

というわけで、初めてカードを使った寄付というのをやってみた。
ランクルのガソリン代として大切に使ってほしい、なんて思いつつ。

なんてことをブログに書こうと思っていた矢先にこんなニュース。

朝日新聞デジタル:米軍が国境なき医師団を誤爆 アフガン北部、16人死亡

米軍のアフガンでの武力行使にはいろいろ思うとこもある。が、こういうのがあるのがやりきれない。

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2013.12.08

東京オリンピック

Gs2020年のオリンピックが東京で開かれることが決まった。
オリンピックと言えば記録、記録と言えば計時、である。

1964年東京オリンピックで、それまで公式計時を担ってきたオメガからその座を奪ったセイコーは、手動計時から電動計時の流れを決定づけた。

今オリンピッククラスの競技大会で公式計時を担えるのは、必要となる技術や資金から、オメガかセイコーくらいだろうといわれている。

当然2020年の東京オリンピックでは「SEIKO」の黄色い表示板で私たちは世界新記録を知ることになるんだろう…

なんて思っていたら、なんと20年の東京までオメガが公式計時の契約があるらしい。

札幌や長野オリンピックもセイコーが公式計時を担当してきたのに、東京で行われるオリンピックの計時を海外メーカーが担当するってのはちょっとさみしいなぁ。

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2012.11.12

元法相

今朝、仕事に向かう最寄り駅で久しぶりに田中元法相を見た。
入閣ニュース以来だろうか。

私は学生時代まで小泉元首相の選挙区に住んでいた。
とはいえ彼の地元は横須賀。川崎在住だった私は、駅に立つ小泉さんなんて見たこと無かったし、地元選出というイメージはまったく無かった。

それに引き換え、元法相は国会会期中もしばしば駅前に立ち、ビラを配っていた。
彼並みの当選回数があれば普通は閣僚に選ばれるものだ。
なのに今まで入閣しなかったのは「入閣できない何か」があるとから、とも聞いたことがあった。

そんな彼が法務大臣という重要閣僚として入閣した。
論功褒章などと言われたが、地元選出議員なので「おおっ」と思ったのも事実だ。

ニュースが流れた翌日も駅に立っていた彼に「がんばってください」と声をかけたのも「いつも見かける議員さんが大臣になった」というそんな素直な思いからだった。

ところが、である。

正直議員生命は絶たれたも同然だろう。
横浜は、逮捕されても当選し続けることができるような、そんな選挙区でもないだろう。

今日見た彼は、今までと違って覇気も無くただ所在無げに立っているだけだった。
罵声や蔑みを投げかけられても仕方の無い今、駅に立つあたりはさすがだと思ったが、今まで散々辞めていった閣僚のニュースを見てきたが、そんな議員の「その後」を初めて目の当たりにしていろいろ思うのであった。

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2011.04.06

今夏は省エネルックが来る

東京電力の電機供給能力が逼迫している。

電車は電気が消え空調も止まっている。
なんだかふと懐かしさを感じたが、いわれてみれば昭和の後期もクーラーの無い電車はそれほど珍しくなかったし室内灯も昼間は消えていたように思う。
こうなったら改札も電力不要な人力入鋏システムに戻してもいいかもしれない。
あの職人技をもう一度見てみたいし。

というわけで今省電力がナウい。
鉄道の室内灯から切符の自販機を一部止めたり、街角の大型ビジョンはもとより自販機の照明まで細々したものが消されている。
ちょっと不便に思ったり意外と不便でなかったりでその影響もさまざまなのだが、果たして家の15Wの電球を5WのLEDに替えることに何の意味があるのか?とも思ってしまう。
だって、大型ビジョンの消費電力っていくつよ?って話。

例えば、Co2削減が叫ばれてからというもの私が乗っていた2台のクルマは買い替えを余儀なくされたわけだが、排出されるCo2はちっとも減っていない。
それは莫大な量を排出する工場やら何やらが無くならないからである。

例えば、私は今回の震災で累計1500円ほど義捐金を拠出したが、どっかの大金持ちが出した100億円+生涯役員報酬の前には、出しても出さなくても判らないよ?ぐらいの誤差の範囲にもならない金額だ。

まあそんな無力感を感じつつも、東京電力のWEBサイトにある「電力の使用状況グラフ」を見て「グラフの1ドットは我が家の1ドット」と思いつつ節電するのであった。

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2010.11.30

朝鮮戦争

Un写真はいわずと知れた国連旗である。
掲げられている場所は神奈川県座間市と相模原市にまたがるキャンプ座間。
かつてここには朝鮮戦争を戦った国連軍の後方司令部があった。
07年に米軍横田飛行場に移転したあとも、キャンプ座間は佐世保海軍施設や嘉手納飛行場などとともに国連軍基地に指定されているので、今でも国連旗が掲げられている。

もし私が独裁国家の指導者だったら、国連軍の基地にもミサイルを叩き込む。
戦争は先手必勝である。

そして、私が独裁国家の指導者だったとしてもアメリカ相手に引き金を引く愚かな行為は絶対にしない。のだが…

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2010.08.12

25年目の空

こんな日記を書いていた5年前。
あれからも日本の大手航空会社は一件の死亡事故も起こしていない。(でも乱気流による重傷事故はちょいちょい起きている)
これは当たり前のことなんだろうけどすごいことだし誇れることだと思う。

5年前の日記に、「確か翌日の新聞1面は百里の航空自衛隊偵察機RF-4Eの撮った山の斜面の火炎だったと思う。」と書いている。
先日百里で501飛行隊のRF-4Eを初めて見たときも、この部隊が真っ先に御巣鷹山に駆けつけたのか…と感慨深く思った。

が、朝日新聞のコラムで気になる記述があった。

「▼あの夜、本社のヘリは羽田から現場を目ざした。樹林に炎が揺れる尾根に達したのは、報道では一番早く墜落の2時間10分後。(後略)」(朝日新聞天声人語2010年8月12日付)

ん?
報道ヘリが現場についてまさか写真を撮らない訳ないし、墜落が19時ごろだから撮影が21時過ぎ、デジカメ、Eメールなんてなかったから羽田に戻って現像して…ってやっても多分朝刊には間に合うだろう。
ということは私が自衛隊提供だと思っていた写真は自社で撮ったものなのか?

というわけで朝日新聞に聞いてみた。
当日の紙面を電話で説明してもらったのだが、やはり私の記憶通りの写真が載っていた。ただし、キャプションは「朝日新聞社ヘリコプターから 群馬・長野県境」とついているとのこと。

というわけで、5年前の日記を訂正します。
そして、これからも事故の無い空を祈念しつつ…

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2010.06.15

運用終了

このブログの左隅に「検索フレーズランキング」というコンテンツがある。
このブログがヒットした検索ワードがランキング形式で表示されるものだ。
いつもはあまり気にしていないのだが、今回の「NEC 宇宙 鴨居」にはなかなか…

鴨居にあるららぽーと横浜がNEC航空宇宙システム横浜事業所跡地に建つことは以前にもこのブログでネタにしたが、日本中が注目した小惑星探査機「はやぶさ」が降り立った小惑星「イトカワ」に「kamoi」と名付けられたクレーターがあるとは知らなかった。
これは鴨居にあった事業所がはやぶさの製造拠点だったことにちなんだものなのだが、2003年3月に打ち上げられたはやぶさも地球に戻ってみたら生まれ故郷が巨大ショッピングモールに変貌しているのを見たら、まさに浦島太郎のような気分になっただろう。
世が世なら、事業所の移転先の地名「hutyuu」がクレーターに名付けられた可能性もあるのだが。

それにしても、と思う。
機械や動物を擬人化することに抵抗のある私は、どうしても「はやぶさ君」とか「おかえりなさい」とは言いづらい。

たしかにロケットの打ち上げからカプセルの帰還までそれはそれはドラマチックであった。
はやぶさがイトカワに向かったころ、たしかNASAは火星探査に熱中していたころだと思うがそれも失敗続きだった。はやぶさがイトカワへの着陸がなかなかうまくいかず何度もチャレンジしたというニュースを聞いて、あんな大きな火星の着陸ですら難しいのにそれこそ数百メートル四方しかない天体に何度も着陸をチャレンジするとは日本もすごいな、と感心したものだ。
反面、打ち上げ直後からのトラブル続きや、イトカワに向けて放出するつもりが宇宙の彼方に飛ばしてしまった小型ローバー「ミネルバ」等々「日本の技術も欧米に比べたらやっぱり遅れているのか…」と思ったのも事実。

機械を擬人化することで、次々と襲ってくるトラブルを必死に解決してがんばる探査機のイメージが出来上がるが、結局突き詰めていけばトラブルを起こしているのも解決しているのも地上の技術者たちなのだ。ああまさに地上の星

まあそうはいっても、予定を3年もオーバーしてもちゃんと地球に帰還させた技術はさすが技術立国日本だと思ったし、とても誇りに思う。

イトカワを離陸後、はやぶさ帰還のスケジュールが2007年から2010年に延びたというニュースを聞き、「5年後に無事帰還のニュースは聞けるだろうか、その時僕は何をしているんだろうか。そもそも生きているだろうか…」なんて思ったものだが、製造工場が売り飛ばされてららぽーとになっちゃったはやぶさに比べれば、仕事が変わったくらいで平平凡凡と生きている私であった。

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2010.04.16

バーゲンセール終了

高速道路の上限1000円の休日特別割引制度が終る。
軽自動車、普通乗用車を対象としたこの制度からポロリと抜け落ちた中型貨物車をこよなく愛する私には何の関係もない制度だったので、「ふ~~ん、で?」って感じ。
まあプジョーのおかげでいくばくかの恩恵にはあずかったけれども…

だがしかし、新制度では中型貨物車は大型貨物車と同じ上限5000円になる。
せめて普通車と大型車の中間の3000円あたりの料金設定があっても良かったのでは?とも思うが、5000円じゃあ現状と比べても値上げなんだか値下げなんだかよく判らない。

というわけで、この新制度が鉄道貨物輸送に影響が出ないよう切に願う次第である。

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2009.12.11

銀座で旗艦店といえば

12月15日といえば、アメリカのカジュアルファッションブランド、アバクロンビーアンドフィッチ初のアジア一号店である銀座店オープンの日。
アバクロの略称で日本人にも人気があるアバクロンビーアンドフィッチは、店員を「ストアモデル」と呼び、メンズはムキムキマッチョ、ウィメンズはボンキュッボンなグッドルッキングな方々が接客するらしい。
10日より銀座店店頭でグッドルッキングガイたちがそのムキムキマッチョな上半身を惜しげもなく晒すイベントもやっているとか。

で、そんなことはどうでもよくて、もっと気になるのが同じ15日の銀座にオープンするイタリア老舗自転車ブランド「ビアンキ」の日本初の直営店「ビアンキ・コンセプトストア」。
ハイエンドモデルに的を絞ったラインアップとのことで私には縁がなさそうだが、ライトやワイヤーロックなどのアクセサリー類も置いてあるそうなのでそっちはちょっと気になる。

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