2008.06.20

電気を大切にね!

Osigototyu
所用で御岳山に行った帰り、ふと魅惑の看板を見つけ車を止めた。
「東京都交通局発電事務所多摩川第三発電所⇒」…
青白い光に吸い寄せられる蛾のように看板の指し示す矢印の方に車を進めると、大きな駐車場がありその先に発電所があった。
車両乗り入れ禁止の看板はあるのだが関係者以外立ち入り禁止の看板は無い。
Kuda車から降り、恐る恐る進んでいくと崖伝いに太い水圧鉄管が姿を現す。この鉄管は5kmほど上流の白丸調整池ダムから続き、この下の発電機へと続く。
ここまで進んだところで発電所の職員らしき方と目が合った。が、華麗にスルーされた。どうやらここまでは一般の人も入れるらしい。
よく見るとこの鉄管の反対側に発電所のちゃんとした入り口があり、ここから先はもちろん関係者以外立ち入り禁止である。

ところで、入り口に「東京都交通局」とあったのでてっきり電車用の電気を発電する施設だと思っていた。
有名な話だが、かつて国鉄は川崎に火力発電所、新潟の信濃川に水力発電所を所有し、JRとなった現在でも首都圏の通勤電車に電気を送り続けている。
そんな訳でここもそんな施設かと思いきや、WEBサイトを見るとここで発電した電気は全て東京電力に売却しているとか。
東京都交通局の前身は電気供給事業を行う電気局という部署で、電気を供給するんだから電車(路面電車)も走らせちゃえって按配で公営交通事業も始めることになる。
電気局は1942年に電気事業を終了し、1943年に東京都交通局と改称されたのだが、「多摩川の水流を利用して発電を行い、東京都の施設並びに東京都を供給区域とする一般電気事業者に電力を供給し、もって都民の福祉増進に資する」と言う理念の下に1954年交通局内に発電建設室が設置される。
多摩川第三発電所が稼動を始めるのは1963年のことだ。意外と新しい。
Pera
東京都水道局小河内ダム直下にある多摩川第一発電所が稼動した1957年から50年経った昨年に設置された東京都交通局電気事業50周年記念のモニュメント。
発電用の水車と水流を調整する入口弁が展示してある。
交通局と発電所の組み合わせはなかなか興味深いものがあった。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.05.09

鎌倉~中華街 和洋中食べ尽くしの旅

Umaiこのラーメン屋、鎌倉ではわりと存在感のあるお店で、食べたことは無いにしても見たことのある方は多いのではないだろうか。
ネットでの口コミを眺めてみても、「もう来ないぞ!と思いながらまた来てしまう」とか「終電近くになるとほかに選択肢はありません」などそれほど評価は高くは無い。高くは無いが気になってしまう、そんな店が大新。ちなみに私は大好きだ。

ゴールデンウィークにプジョー仲間のみっちーさん、トミヤス夫妻とそのお友だちとで鎌倉散策をしてきた。
鎌倉でどこか美味しいお店をピックアップしておいてと頼まれたので真っ先に大新を挙げたのだがやんわりと拒否され、さすがの私もオカンムリだった。
Monoreruゴールデンウィークの真っ只中、横浜駅横須賀線ホームに集合した一行はまず大船駅に向かった。
大船駅から湘南モノレールで江ノ島に向かうというプランだ。
湘南モノレールを乗りつぶすのは実は初めて。大船駅を出る時から思った以上の急加速でちょっと驚いたが、小さなお友だちから大きなお友だちを乗せた500系3両編成は14分弱で湘南江の島駅に到着した。

Kasiwamoti駅から七里ガ浜方面に少し歩くと江ノ電の併用軌道区間に出る。ココにかの江ノ電最中(モナカ)ので有名な和菓子司扇屋さんがある。
ここで柏餅をいただく。まさにこどもの日ということでお店も忙しそうだが、この柏餅がホントに美味しい。
お土産に江ノ電モナカ抹茶味を買ったのだが、これまた牛肥で練られた抹茶が美味しいのなんの。

Ekesikiランチは、江ノ電の線路をまたいで店に入るアマルフィイ デラ・セーラで取る。
険しい山道を登って店の入り口にたどり着くと、そこには信じられない光景が!
なんと店員さんいわく「一年で一番忙しいのが昨日と今日」という混雑っぷり。まるで登山シーズンの槍ヶ岳山頂の様相を呈している。
Itarianここはテーブルのほとんどが相模湾を一望できるテラス席で、5卓ほどの屋内席もあるのだがほとんどのお客さんが眺望抜群のテラス席を希望する。1時間ほど待ったところで店員さんより室内ならすぐに案内できるといわれ、待ちくたびれたこともあってテーブルに着いたのだがコレが大当たり。一番窓側の席で、景色はテラスとあまり変わらない。風も当たらず快適な食事が出来た。
ゴールデンウィーク中はランチメニューのみとのことだったが、値段の割にはボリュームがあり大満足。デザートまでガッツリ頂いて店をあとにした。

Kiritosiこのあと江ノ電で鎌倉に出て、江ノ電待ち1時間という「プーさんのハニーハントが出来た時の行列並み」(Byみっちー)を観察したあと報国寺(竹寺)へ食後の散歩。
途中の釈迦堂切り通しでは遭難(?)したのか地図を睨んでいた学生グループに適切なアドバイスをして救出。さらに歩いて無事報国寺に到着するも拝観時間終了のため境内に入れず。ゴールデンウィークの人出にも一切商売っ気を出さないお坊さんに敬意を払いつつ、みっちーさん御用達の喫茶店MARIA CAFEで棒になった足を休める。
Huranbowazu結局3キロぐらいは歩いただろうか。MARIA CAFEでフランボワーズのムースケーキを秒速で食べたあとは鶴岡八幡宮で今日の無事に感謝し、大人の遠足は中華街での夜の部に突入するのであった。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2008.03.24

いちおう仕事です

Iikesiki先日の土曜日、仕事で奥多摩の御岳山に行ってきた。
前々から行く予定だったのだが、この日までケーブルカーが運休ということで延び延びになっていた。なぜ運休だったのかというとなんと車両入れ替えがあったためで、この日が新車両デビューとのこと。朝一番には発車式もあったそうだ。
神奈川県の大山やミシュラン観光地ガイドで3つ星の高尾山などケーブルカーはいろいろ乗ってきたが、御岳山は初めて。運行している御岳登山鉄道は京王グループなので「お、高尾登山鉄道といっしょだね」と思ったら、高尾登山鉄道は京王グループから離れたらしい。(出資は受けている)
仕事はそれほど時間も掛からずちゃちゃっと終了。

Tozantyuu麓側の滝本駅に下りた所で新車両と営業車で記念撮影。
3代目となる新車両は、2代目の日立製作所製と異なり京王グループの京王重機整備社製だそうだ。この会社、トラックや電車の改造などを行う会社なのだが、出来上がった新車両もなんとも無骨な「働く乗り物」そのものだ。
ただ、ドアが閉まるときにいまどきの通勤電車のように「ぴぽ~ん ぴぽ~ん」とチャイムが鳴るあたりが時代を感じさせた。

記念撮影を終えればあとは会社に戻るだけなのだが、このまま素直に戻るのもなんだかもったいない。せっかくここまで来たのだから久しぶりに奥多摩周遊道路で檜原村まで抜けることにする。
営業車はスタッドレスタイヤ装着でグリップにやや難ありなのだが、どうせ非力な1300ccの商用車である。逆に低速度でもスライドさせるようなコーナリングが楽しめるってものだ。

月夜見第一駐車場でまたまた営業車で記念撮影。
目前に広がる山々や眼下のコバルトブルーに輝く奥多摩湖が絶景だ。
Zekkeikana天気の良い週末だけあり、バイクもたくさん走っていた。学生時代、バイカーの友人たちに付き合ってクルマでよく来ていた頃を思い出しながら走ったのだが、それにしてもリッターバイクの多いことよ。当時リッターバイクなんてポルシェかフェラーリを見るかのように眺めた物だが、今ではそこらじゅう走っててびっくりだ。
後ろからバイクに追いつかれても、さすがに煽ってくるようなバイカーはいなかった。でも譲っても左手をちょいと上げて挨拶してくれたバイク乗りがたった1組だけだったのはちょっとさびしかった。昔話をするとおっさんになったようで嫌なのだが、それこそ昔はコケるんじゃないかってくらい無理やり手を上げてでも挨拶してくれたものだが、やっぱり時代なのかなぁ。
オートバイ不毛の時代といわれ、売れるバイクはビックスクーターだけなんて言われているが、ビクスクを1台も見かけることが無く逆に懐かしのTZR250Rなんかを見られたから良かったかな?
なんだか楽しんでしまった休日出勤な一日だった。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2008.02.23

そうだ、大阪へ行こう

Egawaunsou最近我が家ではVリーグがちょっとしたブームになっている。先日東京体育館に試合を見に行った流れで、今度は大阪に練習を見に行くか、ってな話しになったので行ってみた。クルマで。日帰りで。
家を午前二時に出発し、東名高速をひたすら西に向かう。かつての深夜の高速道路は、追い越し車線をひたすら右ウインカーを出しながら爆走する神風トラックが幅を利かせていたが、速度抑制装置の義務付けによってそんなトラックは完全に姿を消した。「タコグラフ装着車」の大手運輸会社のトラックを横目に煽りまくる無印トラックもある意味風情があったのだが、そんなトラックも今では走行車線を時速90キロで並んで走る平和な高速道路になった。
深夜の高速道路を走っていると、
女 「見て。クルマのライトがあんなに。綺麗ね~」
男 「綺麗だね」
女 「とってもロマンチック。いったい何を運んでいるのかしら」
男 「夢だよ。みんなの夢を運んでいるんだ」
なんてかつてラジオでよく聞いたCMを思い出す。うん、トラックにはみんなの夢が詰まっているんだ。

Ridaお気に入りの大津SAで朝食をとった後、今回の目的地である、Vリーグサントリーサンバーズの練習場であるサントリー箕面トレーニングセンター体育館に到着。原油価格の高騰に伴う緊急対策としてETCの深夜割引が従来の3割引から4割引に拡充され、掛かった高速代は5900円だった。これは安い。
ファンは多いとはいえプロ野球やJリーグに比べればまだまだその数も少ないVリーグなので、練習見学もなんとなくほのぼのしている。学校の体育館のような中で練習しているのだが、現在リーグトップとは思えないほどまったりと練習していた。むしろ私の高校時代のバレー部のほうがキッツい練習をしていたように思った。まぁプロなのでそこはメリハリなのだろう。
練習が終わるとちょっとしたファンとの交流があり、プレゼントを渡したり談笑や写真撮影などがあってここでもまた選手との距離感の近さを感じた。

Seisyunnnoalubamu練習は午前と午後に分かれているのだが、その昼休み、ちょっと時間が合ったので大阪国際空港に行ってみた。
大阪国際空港は市街地のど真ん中にあり写真撮影にももってこいな空港なのだが、最近滑走路脇に伊丹スカイパークという公園が完成したというので行ってみたかったところだ。
公園は飛行機を見るのもそうだが子供向けの遊具がとても充実しており、飛行機なんか興味の無い小さな女の子なんかでも十分楽しめるところだった。逆に望遠レンズで飛行機を撮影する姿は浮きまくる雰囲気だったが、その筋の人に聞くと珍しい飛行機が来るときはちゃんとマニアでごった返すそうだ。ちょっと安心。
関西国際空港ができて、さらに騒音規制のために4発ジェット機の離発着ができなくなったこの空港はすっかり寂れてるのかなと思ったら、小型のプロペラ機をはじめかなり頻繁に離着陸があったので、短時間であったがかなり楽しめた。

Nidodukekinsi練習を見学したあとは難波まで出て友人夫妻と串かつを食べた。ディープな大阪もいいが、今回は新世界の有名店の道頓堀の支店だるま。大阪らしくこってりした揚げ物かと思いきや意外とさっくりでお腹にもたれることも無くガンガン食べることができた。
次は殺伐とした串かつ屋さんにチャレンジしてみたいものだ。

帰りも深夜割引を使い、自宅到着は翌午前6時。26時間の旅だったがなかなか盛り沢山で充実したものだった。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.01.23

れっつらスキー

Kandatu今年も雪道ドライブ&スキーの季節がやってきた。というわけで今シーズンの初滑りは新潟県湯沢町のパインリッジリゾート神立へ行ってみた。
ここは、私が学生のころは「連合開発」という会社が経営するスキー場で、ゲレンデのバックにそびえる山は「笹川山」。そう、あの「世界は一家、人類みな兄弟」な一家が運営していたのだ。「連合」て…
バブルが弾けスキー人口は激減し、いつしかゲレンデは一家の手を離れいまはパインリッジリゾートというリゾート運営会社が経営している。
かつては「早朝スキー」で有名で、確か朝5時からゲレンデがオープンしていた。今回は行かなかったが、レストランもドーム型の天井にディスプレーモニターがびっしり貼り付いて、MTVか何かをガンガン流していて時代の最先端を行っていたような気がする。

今回はプジョー仲間のみっちーさんも連れ立って、相方と3人で神立に向かった。
Retturaidoonみっちーさん最高!私はカメラを抱えるとつい熱くなってしまい、遮二無二被写体を追いかけてしまうのだが、みっちーさんもそれに答えてくれるので滑りがとても楽しかった。
デジ一眼やビデオカメラに追いかけられるみっちーさんを不思議そうに目で追いかけるボーダーやスキーヤーがいたのをみっちーさんは気付いていただろうか(笑)

Okinawasunba昼ご飯はゲレンデマップになぜか掲載されていない「レストラン山頂」で、沖縄そば。雪山を眺めながら沖縄そばを食べる贅沢。味もなかなかおいしく、沖縄マニア3人で沖縄話に花が咲いた。もう何度も沖縄に行っているワタシだが、A&Wのキャップを持っているみっちーさんにはかなわない。さすがだ。
いつもは昼ごはんを取ると1時間はまったり過ごすのだが、店が狭くて混雑していたので一旦店を出て下にある大きなレストランへ向かう。

Pizaたったいまご飯を食べたばかりなのだが、なんだかおいしそうなピザを売っていたので買っちゃった。ピッツェマンテ「薪と石」というお店の4種のチーズピザ。もっちりとした生地にふんわりとしたチーズでおいしかった。
で、満腹になったところで一休み。学生の頃もガンガンスキー派とまったりスキー派で分かれたものだが、ワタシは昔っからまったりスキー派。朝来て数本滑って3時間ぐらい寝て最後に数本滑って帰るなんて事もよくあったものだ。
今回はそれでもかなり充実した滑りで大満足で岐路に就く。
Tonkatu夕食はいつもの「ゆう炉」。なんかメニューが以前と変わって、やまかけご飯とかが無くなっていたが、おいしいもつ煮などは健在でホッとした。掘りごたつも相変わらずだったが今回も混雑していて座れず普通のコタツ席になってしまった。
頼んだのはとんかつ定食。特段上等な肉を使っているとか特選パン粉を使っているとかは無いんだろうけど、おいしいとんかつだった。
清算の時に初めてお店の方とお話ができた。「10年以上前からスキー帰りに立ち寄ってるんです!」と伝えたが、リアクションはそんなでもなかった。ま、そんなもんか…。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2007.11.21

秋の伊豆を訪ねて

Kameisitouge_2週末、伊豆に行ってみた。箱根から熱海に下り、そこから海沿いを南下し大室山のふもとにある「風曜日」というペンションに逗留した。
ここは206SWを購入した頃にも泊まったペンションで、同じペンションに二度泊まるというのはウチではなかなか無いのだがここは夕食がとても美味しいのでちょっとリピートしてみた。
ここの夕食の目玉はなんと言っても伊勢海老が乗ったパエリアとステーキ。ステーキはなんと食べ放題だ。しかしパエリアの量もたっぷりあるのでなかなかステーキまで手が回らない。
前回はなんとか1皿お代わりしたが今回はお代わりできなかった。
翌日、伊豆を縦断しようと国道135号をさらに南下し下田を目指す。途中、伊豆バイオパークのそばで風車を発見。ナビには何も載ってないし看板も見当たらないが、とりあえずバイオパークを目指してハンドルを切り、山道を登ってみる。
Huusya_2バイオパークのちょっと手前で「風車→」という小さな看板を発見する。しかしその→の指し示す道は車一台がやっと通れるくらいの細い砂利道。307CCは兄弟に307WRCというラリー車を持つくらいなので、やればできる子!と気合いを入れて進入すると、そこはグラベルとターマックが交互に出てくる難易度の高い道だ。超慎重に登り、視界が開けると、そこには風車が3台!
ここは東伊豆町風力発電所という町営の発電所。今は3台だが今後さらに増える計画があり最終的には20台以上になるとか。ホント?ここは本気で発電所として風車を置いているようなので「3台じゃ足んねー」ってことなのだろうか。
三浦市や横浜市神奈川区でも風車は見れるが、このどちらもデンマークのVESTAS社製だ。(三浦市の風車はMICON社製だが後にVESTAS社と合併)
それに対し東伊豆の風車は三菱重工製。メイドインジャパン好きなワタシに刺さった。これは。風車の正式名称なんて「三菱風力発電装置」だ。カッコよすぎる。デンマーク人には名づけられないこのセンスを私は誇りたい。

Rupukyou次に向かったのは河津ループ橋。この橋は橋梁・鋼構造工学での優れた業績に贈られる土木学会田中賞を1981年に受賞した名橋。伊豆市と下田市との高低差約50メートルを道路を2周させることで解消したこの橋はとても面白い橋だ。橋脚のどこかに土木学会田中賞受賞記念プレートがはめ込まれているはずなのだが、1.5往復したが見つけられなかった。ちょっと残念。
この橋が完成したのが81年。それ以前は山肌に沿って国道がつづら折りで張り付いていたというが、その国道も見てみたいと思い痕跡を探したが見当たらなかった。81年なんてつい最近である。いったい国道はどこに消えたのか…

Rupukyousinnnyuuよく考えるとレインボーブリッジの都道482号やベイブリッジの大黒パーキングに向かう道などループ状になっている橋は珍しいわけではないが、なぜか河津ループ橋には心が惹かれる。
橋をじっくり堪能したあとは伊豆に来たらここ!の天城越え。新天城トンネルは何度も通ったことがあるので、今回は旧天城トンネルに行く。
ところが、週末は旧道が一方通行になるとのことで伊豆市側から入ってほしいという看板が旧道入り口に立っていた。やむを得ずいったん新トンネルで伊豆市側に出てそこから旧道を後戻りすることにした。
旧道に入るとハイカーがやたら多くクルマで走る雰囲気ではなかった。でもあちこちに立つ誘導員は別に変な顔をするでもなく誘導してくれるので入っては良いんだろうけど…最徐行でハイカーを抜くときも視線がちょっと痛い。
旧トンネルの入り口では伊豆の踊り子さんが提灯を配っており、それをぶら下げてトンネルを歩いてみようという案配らしい。
Izunoodorikoちょうど一年前、ここで同じようなクルマで同じような写真を撮っている方がいるが、よくまあ道路をふさいで写真が撮れたなぁと思う。私も同じアングルで撮ろうと画策していたのだが、車も人もひっきりなしで間隙を突いて何とか撮れた。こう見るとまだまだ封鎖が甘いですな。これじゃ簡単に突破されてしまう。

橋とトンネルという2大土木建築を堪能し、あとは帰るだけ。帰路の伊豆スカイライン亀石峠にあるスカイポート亀石で夕焼けとCCの写真を撮り、さらに熱海峠から国道1号(旧道)から箱根湯本、小田原と順調に進み無事帰宅した。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.10.18

初めてのFBM

Dsc_5953長野の車山高原であったフランス車の祭典、French Blue Meeting(FBM)2007に初参加した。
206SWに乗っていた一昨年は「ふ~ん、そんなイベントががあるんだ…」、昨年はCC納車待ちで遠くの地から眺めていただけだったが、やっと念願がかなった。
ランクルに乗っていたときもJOAフェスティバルというイベントに何度か行っていた。これは四駆ショップが集まって主催するイベントで、どちらかといえば商売っ気の濃いイベントだ。それはそれでマッドドラッグレース(ドロドロヌタヌタの100mを二台並んで走って先にゴールしたほうが勝ち)やトライアルレースなどで盛り上がる。うーん、最近行ってないなぁ。

FBMは1987年にシトロエン愛好家の呼びかけではじまったイベントだ。21回目を数えイベントそのものシトロエンそのものよりフランス車の祭典という姿になり当初のファンは足を運ばなくなってしまったりもしているらしい。なんとなく判る気はするが。

Dsc_5881当日、8時に談合坂SAで集合の約束をまついさん、みっちーさん(神奈川支部)としたが、談合坂が混んでいるとのことで釈迦堂PAに集合場所を変えたのもかかわらず到着は9時。遅れてしまってまことに申し訳ない。
釈迦堂ではトイレ休憩だけ済ませ、CdeCでの集合場所である中央道原PAに向かう。比較的空いている中央道を快走しCdeC構成員と無事合流。
昼食はおいしいお蕎麦屋さんと決まっていたが、PAのジャンキーな食堂を見るとどうしてもうどんが食べたくなる。炭水化物LOVE。というわけでうどんで腹ごしらえ。意外とうまかった。

Tagotoannお蕎麦は田毎庵。キャッチフレーズは日本一ちっぽけなそば処。何ですかこの立派なお蕎麦屋さんは。謙遜するにもほどがある。いずみ中央駅にある相州そばに謝れ。

Soba先日新そばが入ったとのことでつるつるしこしこの蕎麦が旨い!日本一ちっぽけなそば処とは明らかに誇大(過小?)広告だが、旨い蕎麦屋とは言ってもいいと思う。

Dezatoデザートは蕎麦アイスと蕎麦プリン。限定品とは聞いていたが、CdeC構成員が10個注文したら早くも品切れ。いやご主人。これからは予約してから伺います。でもこのプリンが美味しかった。プリンなのに確かに蕎麦の味がする。

実はこのお蕎麦屋さんのご主人はプジョーオーナー。307SWに乗っているご主人もFBMには行きたいと思っているが、お店があるので行けないそうで。残念です。
Kougen車山へは霧ヶ峰高原からビーナスライン経由で向かう。青い空に高原の道が気持ちいい。
車山に近づくにつれて周囲にフランス車が増えてくる。中央道ではCCが隊列を組んでいるとそれなりに注目されることもあるが、この辺までくるとさして注目は浴びない。むしろ古いシトロエンが並んで走っているほうが目立つ。渋滞の先頭で2CVがトロトロ登っていても誰も怒らない。なんかいいなぁ。
会場である車山高原スキー場をスルーし、大門峠というショットガンの似合う峠を越えて長門牧場で休憩。ソフトクリームとピザの美味しい小休止を取り、いよいよ今夜のホテルへ向かう。

Dsc_5981宿泊は車山スカイパークホテル。駐車場はすでにフランス車でいっぱい。乗用車はまだしも、普段見かけない商用車は興味深い。そりゃフランス人だってプジョーやルノーでワインの配達や飛び込み営業するわな。

Dhinaディナーはフランス料理のコース。

Nikupai牛フィレ肉のパイ包み。パイはお菓子とフランスの人は思わないのだろうか。でもこれ、どうやって作るんだろう…

Moranbonデザートのモンブランも美味しかったー。
こういうコース料理をみんなで食べるというのは結婚式ぐらいだろうか。わいわい馬鹿話をしながらコース料理というのも楽しい。

カヵチャカチャとお皿とナイフの当たる音が静かに響くレストラン。長テーブルを囲んで料理を口に運ぶ男たちのなか、ふとボスが「ん?なんか匂わないか?」とか言い出し、その腹心が「確かに匂いますねぇ。」などと言い出す。周囲がざわついていると、腹心が「貴様から裏切りのにおいがぷんぷんするんだよ!」とかいいながら横に座っている私の頭を目の前のスープ皿に叩き込む。「うわぁ!熱い!」と叫ぶ私に向かい、腹心が懐から取り出したグロック17で2発どてっぱらにブチ込み…

映画脳だとこんな事ばっかり想像して困る。いい加減この空想癖を…
などと思いつつ夜は更け、明日のFBMに備えるのであった。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.09.20

跳んでみた

Guam19
グアムといえばマリンスポーツ。一度やってみたかったパラセーリングをやってみようと、オプショナルツアーに申し込んだ。ツアーはパラセーリングにシーカヤック、ランチバイキングにホテルからの送迎も付いたパックで、お値段は…ランチが付いてこれならまあまあかな?
朝ホテルに来たバスに乗り込み、ビーチのベースキャンプに連れて行かれる。ここで荷物を預け、さらにバスで港まで行きそこから船に乗る。ダウ船のような船を操るのはミック・ジャガーにそっくりな船長で、瓶ビール飲みながら操船するのが似合う。っていうか絶対飲んでると思った。
Guam17乗ったのは80歳のおばあちゃんが乗っても大丈夫という椅子がパラシュートにぶら下がっているタイプ。ダウ船の艦尾にある飛行甲板の上に鎮座するベンチに座り、ベンチと船とを結ぶロープがウインチから繰り出されるとふわりと浮くベンチ。こりゃなかなか楽しい!音も無く空を滑空するベンチからは大パノラマが広がる。途中船が減速し、ベンチがスルスルと落ちていく。んん?と思っているとベンチは海に落ちた。気分は着水に失敗したS-61のパイロット。
船がスピードを上げるとベンチは海面からまたもやぐんぐん高度を上げる。落水はミック・ジャガーの手荒いジョークだったようだ。
しばらくするとベンチは船に向かって引っ張られるように徐々に高度を落としていく。護衛艦に着艦するときのヘリからの視線ってこんななのかなと思った。

Guam4「drank busters」とかかれた警察車両。何の車かよくわからないが、グアムは日本以上に飲酒運転に厳しいとか。コロナビールを傾けながら車を運転するなんて映画の中だけらしい。多分飲酒検問か何かで動く車なんだろう。

Guam15グアム滞在中、救急車の緊急走行はしばしば見たが、パトカーの緊走は一回だけ。なかなかカッコいいパトカーだが、私の想像では強盗の立てこもったスーパーに到着したこのパトカーはいかれた犯人に蜂の巣にされる。

Guam9ホテルのそばにずーっと止まってた白バイ。ドーナツでも喰ってんのかと思った。最初は遠くからこっそり写真を撮ろうと思ったが、スキンヘッドでなんか良い人そうだったので「シャシントッテイイデスカ?」と聞くとニカァーっと笑ってポーズをとってくれた。

Guam18やっぱり海外に行ったらこれ。実弾射撃演習。前回ハワイで22口径と9ミリパラベラム弾を撃ったので、今回は別の弾をチョイスした。357マグナム弾、44マグナム弾、.45ACP、それにショットガン。えへ、大型拳銃ばっかりデス。拳銃はS&W M19、M29、M1911ガバメント、モスバーグM500だったと思われる。リボルバーなんてどれも同じに見えるから困る。それにしてもどいつもこいつも反動がすごい。ベレッタがとても撃ちやすく感じた。ガバメントを撃っていると、店員が「バーン、バーン、バン、バン、バン」と、「連射しろ」とあおってくる。けど、反動はすごいし時々ジャムるしもう無理。最後に撃った散弾銃も、大さんなんであんなに簡単に連射できるの?ってくらい反動があるし、ポンプアクションも重い。
やっぱりベレッタいいなぁ、と思った演習だった。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007.09.19

絶対国防圏最前線

Guam16東北にあるハワイでフラダンスのショーを見てその迫力に虜になった。今回本場のポリネシアンダンスを見ようと、ホテルでやるディナーショーを奢った。ビュッフェ付ののディナーショーで、ステーキ食べ放題とかもうガツガツ食って食後にダンスやショーを楽しもうという趣向。
さすが本場のダンスだったが、逆に驚いたのがスパリゾートハワイアンズのレベル。少なくとも私が今回見たショーとなんら遜色は無かった。ファイヤーナイフダンスの迫力も同じくらいで、火食いの回数はスパリゾートハワイアンズのショーのほうが多かったくらいだ。40年近い歴史は伊達ではないと思った。
Guam12アメリカにとって9月11日は特別な意味を持つ。グアムに行ったのは9月9日だったのだが、さまざまな場所で半旗が掲げられていた。もちろんこれは同時多発テロの犠牲者を悼んでのことである。ちなみに昭和な私にとって同時多発テロといえば1985年11月29日に起きた国電同時多発ゲリラ事件である。浅草橋駅焼き討ちなんて思春期の私には大きな衝撃だったなあ。
上の写真はアガット海岸(当時の昭和湾)にある太平洋戦争国立歴史公園に残る日本軍の短20cm砲である。
Guam13この太平洋戦争国立歴史公園には小高い丘があり崩れたトーチかが残る。トーチカからはアガット湾が一望でき、往時がしのばれる。昭和湾には2万人のアメリカ海兵隊が上陸、それを迎え撃つ日本軍はわずか3000人だったという。このトーチカから見える、当時の海にはどんな光景が広がっていたのだろうか。
当時日本はこの島から追い出されてしまったわけだが、今こうして島のあちこちで日本人を見ることが出来るこの時間の移ろいを考えるとなんだか切なくなるというか虚しくなるというか悲しくなるというかとても複雑な気持ちになる。
Guam11団塊の世代が腰を上げるときは「よっこい庄一」と皆が声を上げるが、アガット湾を守備していたのは陸軍歩兵第38連隊で、この中にその横井庄一さんもいた。
横井さんはアガット湾からジャングルを彷徨い、タロフォフォという滝のあるそばに洞穴を掘りそこで約28年生活していた。
写真は洞穴(レプリカと知ってショックだった)で、アガット湾からここまでクルマでもかなりの距離があり、その逃避行すら想像を絶するものがあるが、そこで28年人知れず暮らすとは…
ちなみに彼が日本に帰還したのは私が2歳のとき。私が生まれたときに戦争が終わったと知らなかった人がいたという事実もまたある意味ショックだ。

横井さんは日本に帰還後すぐに結婚し、新婚旅行でまたグアムを訪れ、ニッポンレンタカーグアムでクルマを借りたとか。返ってきてすぐにグアムに行くのもすごいなと思ったが、そのときすでにニッポンレンタカーがグアムに営業所を開いていたのがかなり意外だった。
Guam14アガット湾のそばにあったサンドイッチのサブウェイに入った。雰囲気は日本のサブウェイとあまり変わらないが、パンのサイズが微妙に大きめなのとドリンク飲み放題なのは相変わらずだった。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2007.09.17

グアムあれこれ

Guam7
グアムは、かつてはチャモロ人と呼ばれる人たちが先住していて、そこをスペイン、アメリカ、日本、そして再度アメリカと占領されてきた数奇な運命をたどってきた。フランスの植民地だったベトナムにフランスの香りがするのと同様グアムもスペインチックなものがあるのかと思ったが、完全にアメリカだった。ヨーロッパ的なものなんて何にも無かった。50年近く日本の統治下にあった台湾にあるようなジャポネスクな建物も、わずか数年の占領下では出来るはずもなく、また米軍のグアム攻略で跡形も無くなってしまったようだ。
それにしても当時のスペインはすごい。帆船でこんな小さな島までやってくるなんて。

Guam6ハワイは日本人だけでなくアメリカ本土からの観光客も多く、夜でも日本人以外の人たちがたくさん街を歩いているが、グアムの繁華街はそれこそ日本人しか見かけない。観光客の7割、観光収入の9割を日本人が占めるともいわれ、右も左も日本人ばかりなりけり。ジャンクフード屋の飲み物が飲み放題であるところで何とか「アメリカ」らしさを保っている。
マイクロネシアモールやグアムプレミアアウトレットにあるフードコートなんて最高にウキウキする。食べ物はバッチリ私に合っていた。ビバ!ジャンクフード。
Guam10ABCマートに売っていたスパム。これが意外と美味い。ハムを巻いたおにぎりなんだけど、「スパムってこんなに美味かったっけ?」と思ってしまうほど。でも$2.45は高い。
同じABCマートでペプシ6本セットを3ドルぐらいで買って安い!と思ってたら、田舎のスーパーでは1本50セントで売っててびっくりした。

Guam5日本では売っていないトヨタのFJクルーザーがアチコチで走っていた。このクルマをはじめてみたとき、結構高いんだろうなーと思ったが、グアムでのお値段は約300万円だった。案外安いなー。でもハマーもH3だったら断然こっちの方がいい。メイドインジャパンだし。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007.09.15

遅い夏休み

Guan1毎年夏休みは9月に入ってから取っている。
もはや秋の気配さえする時期だが、9月に入ればツアーもかなりお安くなる。
一昨年はハワイ、昨年は沖縄に行った。やはり私の夏休みと太平洋戦争は切り離せないので、今年はグアムに行ってみた。本当は硫黄島に行ってみたいのだが。

ハワイに比べてグアムは近い。時差も1時間しかないし、日本が66年前容易に占領できたのもわかる気がする。
今回はノースウェスト航空をチョイス。というか、グアム便って航空会社が日本航空かノースウェスト、コンチネンタル航空しか飛んでないとか。スターアライアンスLoveなので全日空などが選べないのはちょっと残念。
ノースウェストといえばちょいちょいパンクして成田の滑走路をふさぐ。口の悪い航空ファンは「ノースワースト」なんて言ったりするが、今回はそんなこと無く無事グアムに到着した。
Guam3飛行時間は3時間ちょっとで沖縄へ行くのとそれほど大差はないのだが、やはり出国や入国にかなり時間が取られる。やっぱり国内旅行のほうが時間有効に使えるなと実感する。あー、戦争に勝ってればなーとちょっとぼやいてみたり。
そんなこんなで家を出てから約10時間近くかけてようやくホテルに着いた。ホテルの窓からは海とグアムの繁華街が望める。泊まったホテルはデューティーフリーショップ(DFS)に隣接している。ちょっと離れたショッピングモールからでもDFS行きのバスや無料タクシーが出ているので遊ぶには便利なホテルだ。
ホテルを入ったところに美味しそうなコーヒーショップがあり、そこでホットドッグを買った。別の日にこの店の前で男女ペアの警官がドーナツとコーヒーを食べていてまんまサードウォッチだった。写真を撮りたかったが、なんとなく声がかけづらく、撮れたのはこんな写真。
Guam2


| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007.08.11

酷鉄各駅停車の旅

Yuuhiすっかり友人宅にお世話になってしまったが、今日は鈍行列車で戸塚まで戻らなければならないこともあり、朝早く(といっても8時ぐらい)に近所の福知山線の駅まで送ってもらい、私の長い一日が始まった。
ちなみに金券ショップを片っ端から回って探した青春18きっぷはどこに行っても5枚つづりしか売っていなかったので、大阪駅のみどりの窓口で買ってしまった。金券ショップでは100円しか安くないし、何が起こるかわからない気まま旅だったので現金を残しておきたかったのでカードが使えるみどりの窓口で購入してみた。

福知山線はいまでこそ大阪とベッドタウンを結び、過密ダイヤが原因で大事故を起こしたりした路線だ。しかし80年代半ばまではDD51が客車を牽いていた、腕木式信号機が残るのどかな単線路線だったそうだ。DD51+12系客車が20年前はまだまだ普通に走ってたんですね…
この頃は武庫川の渓流沿いを走るローカル線風情だったが、1986年の電化・複線化に伴い渓流沿いの単線は廃止された。これは京都の保津峡を走る旧山陰本線に経過がとても似ている。保津峡では旧線はトロッコ列車になって観光資源となっているが、こちらは廃線となり一部が遊歩道になっている。
Tonnneru宝塚市で乗降客の最も少ない武田尾駅で降りてみる。ここは旧線と交差する場所で、無人改札を出るとそこがかつての線路を使ったハイキングコースだ。右にしばらく歩くとトンネルが出てくる。中は電線を支えていた碍子が残るなど鉄道トンネルの雰囲気がばっちり残る。
本当はもっと散策したかったが、何しろ今日中に戸塚に戻らなければならないのですぐに駅に戻った。
ホームで待っているとやってきたのは京都行き。こりゃちょうどいい。これで京都まで行って新福菜館で昼ラーメンかな、なんて計画を立ててみた。

で、電車に乗り込みドア上の路線図を見ると、魅惑の駅名が。「奈良」 ふと頭の中に「あなたと奈良、大和路」というフレーズが浮かび、谷村新司の三都物語が流れた。(調べてみると、JR西日本の三都物語キャンペーンは京都大阪神戸で、奈良は入ってないんですね…><)
しかしこれが酷旅の序章だったと気づくのはほんの4時間後である。
とりあえず奈良に行こうと尼崎駅でJR東西線に乗り換えた。来た電車は同志社前駅行き。終点まで行き、奈良まで行く電車が来るまでの40分ほど駅前散策してみた。駅前に天下一品があったので朝ラーメンしようかと思ったらまだ開いてなかった。

Naraやっと来た電車で奈良駅まで行って驚いた。工事中で仮駅舎だからか閑散としていてお土産物屋すら見当たらない。当てにしていた立ち喰いそば屋すら見当たらず、失意のうちに次の目的地を探す。
大阪まで戻るのもどうかと思われたので、ここで次の目的地を和歌山に定め、和歌山朝ラーメン(といってももう昼近いが)を目指すことにする。和歌山からは紀勢本線で名古屋に抜けるルートを考えた。
奈良から和歌山に向かう和歌山線という路線があるのだが、いくら路線検索しても天王寺に戻れと指示するので、大和路線で天王寺に一旦戻り、阪和線で和歌山に向かうことにする。
このあたりでなんとなく「むちゃ?」という思いが頭をよぎってくるが、必死にそれを払いのける。携帯サイトでいくら調べても、和歌山から戸塚に向かう経路は「大阪まで戻れ」と指示してくる。でも、こんな天気のいい日に海沿いを走る気動車なんて最高だろうなという思いが不安を無理矢理払拭していた。
最後の思いを込めて和歌山-新宮-亀山-名古屋-戸塚で検索すると、名古屋でムーンライトに乗れとの指示が。ムーンライトの指定席なんていまさら取れないだろうし、仕事もあるし…、と同時に、Blueforceさんより「その旅は名古屋で終わる」とメール。これで決心はついた。引き返すなら今しかない!と、どこだかわからないが停まった駅で電車を飛び出した。降りてみると「熊取」という駅だった。Blueforceさんからのメールは、私を社会的な死(月曜日会社ばっくれ)の淵から救い出してくれたと言っても過言ではない。本当にありがとうございました。

時計を見ると13時過ぎ。ここからはもはや時間の余裕などない。
大阪駅に戻ったのが13:40ごろ。ここから14:00発の山陽本線新快速に乗るべくお土産と軽食を購入する。ちなみに朝からまだ何も食べてはいない。
首都圏となんら変わらないラッシュのなか米原まで移動し、大垣行きに乗り換える。米原でようやく本日一食目をホームの立ち食いで頂く。透明なつゆが関西圏を実感させる。
大垣で特別快速豊橋行きに乗り換える。豊橋で何か美味しいいかにも「名古屋っぺえ!」的な駅弁を買おうとワクワクするが、駅売店を覗いてみるとそんなものはなく、がっかりしながら幕の内弁当を買う。
豊橋からは浜松行きに乗る。弁当を食べようと思ったら全席ロングシート。ちょっと食べる気が起きなかったのでガマンする。
浜松駅で、もしかしてうなぎ弁当とかあったら買っちゃおう!とウキウキするが、売ってるのはうなぎパイばかり。がっかりしながら静岡行きに乗り込むと、こいつもロングシート。またもやガマンガマンで静岡駅へ。
浜名湖を過ぎるあたりで夕暮れが迫り、静岡駅到着19:51。腹も減ってきたし静岡駅での余裕は15分。何もする気が起きず20:06発の熱海行きに乗り込む。
熱海到着21:18。ようやくJR東日本管内だ。やってきた電車も見慣れたE231系。もうハラペコでお腹と背中がくっつきそうだったのでグリーン車をおごる。ただし、乗り換えに許された時間は4分。Suicaグリーン券の発券機が見当たらず、発車時間も迫っていたのでやむなく車内でグリーン券購入。250円も高いんですね…
ようやくご飯にありつくが、お食事タイムに許された時間もわずか23分。小田原駅で快速アクティーに乗り換えるためだ。
小田原21:50発の快速アクティーで戸塚到着が22:26。

人生は旅であり、旅は人生である。各駅停車(一部快速)の私の旅が終わった。
当初は普通に東海道線を横浜に向かうつもりだったが、ふと見かけた「奈良」の文字が全てを変えてしまった。
京都でラーメン、名古屋で味噌煮込み、浜松でうなぎを食べながらのんびり行こうと思っていたのだが、結局立ち食いうどんに幕の内弁当という散々な結果。

今回大阪からの旅程は事前にネットで調べていたものなのだが、大阪から戸塚まで1分の遅延早着もなく全て時間通りに電車が動いていたのには感動した。さすがJR。
ノープランの旅も面白いのだが、終わったあとはいつも後悔する。今度からは必ず、プランを立てないまでも時刻表ぐらいは持っていくようにしようと心に誓った。

紀勢本線、全線乗ると400キロ近くになるって今知った。乗らなくてよかった…でも乗ってみたかった…

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2007.08.08

ちょっとそこまでラーメン食べに

Kinryu目が覚めたのは京都駅を過ぎたあたりだった。さすがちゃんとしたベッドなだけあってぐっすり眠れた。しばらくポケーっと車窓を眺める。なんて贅沢な目覚めなんだろう。
寝台急行「銀河」は定刻に大阪に着いた。いやー、大満足の夜行列車だった。いままでいろいろな手段で大阪に来たが、たぶんこれが一番だと思う。コストも一番だけど。後は富士ぶさとサンライズの乗り比べですな。

さっそく道頓堀に向かうことにするが、とにかく大阪の土地勘が無い。数年前、路線の簡略図だけを見て梅田から難波までを1キロ弱だろうと判断し、御堂筋を歩いても歩いてもそごうすら見えてこなかった苦い思い出があるくらいだ。
といいつつもまあ環状線に乗ればそのうち難波って駅は出てくるだろうと思い懐かしの103系に乗り込んだ。
しばらく乗っていて、車窓から見えるなんばパークスが一向に近づいてこないことに不安を覚える。ふと環状線の路線図を見ると難波なんて駅がどこにもない。よく見ると今宮という駅で関西本線に乗り換えなければいけないらしい。ということに気づいたのが新今宮駅を出たあたり。ふー危ない危ない。フェスティバルゲートに見とれている場合ではないってこった。

無事道頓堀に着き、まず金龍の下見に行って見た。驚いたことに、9時前だというのにもう店が開いていて、仕事上がりのホストっぽい客が美味そうにラーメンをすすっていた。食べようか迷ったが、朝っぱらからラーメンというのもどうかと思ったので、まずはもうひとつの目的地、肉吸いで有名な千とせに向かった。が、オープン10時半とのこと。立ち食いそばや的に7時ぐらいから開いているイメージだったのでちょっぴりがっくりしながら、こうなったら朝ラーメンや!ってことで金龍食べました。うん美味しい。まあ記録に残るというより記憶に残るラーメンですな。道頓堀という繁華街に面した縁台で食べるというのは楽しいものだ。

ラーメンを食べ終わって本格的にやることがなくなった。一応大学時代の友人に会う約束をしていたのだが、それも昼過ぎから。携帯電話の電池残量も乏しくなっていたので充電もかねて漫画喫茶に入り、時間まで鉄子の旅を読む。やばい。面白すぎる。
お昼近くになったので漫画喫茶を出て友人と合流。前回神戸に来たとき以来の再会。早速千とせに行き私は肉うどん、彼は肉吸い+大玉(大盛り卵ご飯)を食べる。う~む、ここも記録ではなく記憶に残るうどんですな。
Motsu夜は大阪帝国ホテルに泊まろうと思っていたのだが、彼が「ウチに泊まってきなよ」と誘ってくれたのでお言葉に甘える。
夜ご飯はガーデンバーベキュー。ネタは牛もつ。これがまたとろける美味さでびっくりするほどおいしかった。なんでもこの地は神戸牛の中でも美味しいとされる三田牛の産地で、その三田牛の牛もつなんだそうだ。まさに地産地消。

大変美味しいディナーバーベキューの後は、たまたま地元でやる花火大会に行ってみた。まーなんて充実しているんでしょう。
Hanabiこうして大阪夏の陣二日目の幕が落ちたのであった。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.08.07

「銀河」鉄道の夜

Misima私が自腹で鉄道に乗るようになったころからすでに寝台列車は斜陽の一途をたどり、その愛称でもあった「ブルートレイン」は各路線が次々と廃止となっていった。20年以上前、なけなしのお小遣いをはたいて購入したNゲージの24系をEF66に曳かせては「いつかこれで旅に出たいなぁ~」と床に顔をへばりつかせながら見入ったものである。

私の仕事は基本的に土日祝日が関係ない職場のため、お盆も正月も日にちをずらして取ることになる。今回ぽっかり3連休ができたので、急遽大阪の道頓堀にある金龍というラーメンを食べに行くことにした。日程的に余裕があったので行きは思い切って夢だったブルトレで、帰りは青春18きっぷでテキトーに帰ってくればいいや、とノープラン旅行に旅立った。
乗るのは寝台急行銀河。特急がほとんどのブルートレインの中で、銀河だけは急行なので運賃が安いのが魅力。こちらも乗客はまばらで乗る直前でも切符は取れるといわれていたが、横浜駅のみどりの窓口に置いてあるパソコンで空席を確認するとなんと残りわずか!
狙っていたのは開放A寝台という1編成に28席しかないのでちょっと焦る。しかも窓口は大混雑でどう考えても1時間は並びそうな勢いだ。
ふと思いついて京浜東北線でひとつ隣の東神奈川駅のみどりの窓口に行ってみると、ひとつしかない窓口で駅員さんは暇そうにマルス端末を眺めていた。横浜駅で記入済みの申込み用紙を差し出して難なく寝台のきっぷはゲットできた。残りは帰りの青春18きっぷである。
とはいっても青春18きっぷは5日分で1万円超もする高価なきっぷ。1週間ぐらい前に金券ショップを下見したときは3日分が残ったきっぷを8千円ぐらいで売っていたので、出発当日に金券ショップを廻って残り1日のやつを3000円ぐらいで買ってから出発するか、と気楽に考えて出発日の昼過ぎに家を出た。事はそう上手くはいかなかった。
神田から山手線沿いを北上しながらめぼしい金券ショップに手当たりしだいに突入していったが、売っているのはどれも5日分ばかりで使いかけはどこにも売ってない。あーあの時買っておくべきだったなー。まーいいや、大阪にも金券ショップはあるだろうし。というわけで上野の若狭家で軽く腹ごしらえをして東京駅に向かった。

Nyuusen22時半過ぎ、鉄道ファンのシャッター音が響くなか神田側よりEF65-1000に曳かれて静々と銀河が入線して来た。私はてっきり田町から推進回送で来るのかと思っていたが、言われてみれば東京駅なら機回しできるしはるか田町からえっちら時速45キロで来たら東海道線も大渋滞だ。
取った席はA寝台下段。銀河の中では一番高い席だ。開放寝台といって通路とはカーテンで仕切られるだけなのだが、キッチリ閉めてしまえばほとんどカプセルホテル並みの居住空間の出来上がりだ。しかも下段は必ず大きな窓がつくがこれが快適。B寝台は進行方向に横向きのベッド配置でカーテンを閉めると窓もない密室になってしまうの面積的な面以上に大きな差になると思う。

Bed定刻23:00、銀河は客車特有のガチャンというショックとともに東京駅を出発し、大阪に向かって走り出した。
窓のカーテンを全開にしていると、品川や横浜で通勤客に羞恥プレイをさらす羽目になるので要注意だ。いつもは見るほうなのだが、見られるほうはかなり恥ずかしい。かといってホームの人に気づいてカーテンを閉めるのも何かに負けた気がしてこれまた気恥ずかしい。なんて難しいんだ!
A寝台下段は専用窓までついてかなり贅沢なベッドだが、私は最初はB寝台でいいやなんて思っていた。なにしろA寝台に比べて4000円も安いのだ。しかし、今回の旅をBlueforceさんに自慢(?)したところ「A寝台に乗ったら?いや乗れ!」となんとも魅惑のメールが来たのでついカッとなってA寝台下段を取ってしまった。
Madoだが、一度A寝台のベッドに横になると大枚叩いてA寝台にして本当に良かったと思った。ごろんと横になって覗く車窓には、いつもはラッシュでドアに押し付けられながら見る風景が広がる。これはなんという贅沢なんだろう。
大船を出たあたりで車内を探検してみると、夏休みシーズンだからか7~8割方のベッドが埋まっているように見えた。日常的にこれだけお客さんがいれば「絶滅危惧種」だなんて言われないだろうなぁ…

トラベルライターの横見浩彦氏によれば、「寝台列車は寝るのはもったいないし寝ないのももったいない(鉄子の旅)」だそうだ。いやよく判る。深夜高速バスだと「寝るが勝ち」な気がするが、そこが大きな違いなんだろうなと思う。
私もいつまで起きていようか迷ったが、とりあえず東海道沿線で一番好きな由比-薩埵(さった)峠あたりまでは起きていることにした。
Satta江戸時代から「東海道三大難所」と旅人を苦しめた薩埵峠は、今でも交通の要所である。東海道線、東名高速、そして国道一号が山肌と海の間のわずかな隙間に張り付いている様子はまさに日本の動脈、しかも頚動脈といった風情だ。ここを通るたびに壮大な自然と対峙し続ける日本の土木技術とその水準の高さに感動する。
併走する国道1号と東名高速には、深夜とはいえ日本の物流を支えるトラックが北へ南へと無数に走っている。これが貨物列車なら物流コンボだな、などと思いつつ洞トンネルに列車が入ったところで眠りについたのだった。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2007.06.27

戸塚が生まれ変わるんだ!ごはんだけでもおいしいわ

Totuka5いよいよ戸塚駅西口再開発事業が動き出した。西口の旭町通商店街はゴーストタウンと化し、ホンモノのシャッター通りとなっている。この近辺の商店はあらかた戸塚駅隣りに出来た戸塚ウエストという仮設店舗に移転し、6月から営業を始めている。
戸塚ウエストの名称は一般公募で決められた。まあ戸塚駅西口なんで無難といえば無難だが、それでいいの?戸塚再開発事業にはとつか再開発くんという最強キャラがいるのに、施設名が戸塚ウエストでは寂しすぎる。私の応募した「とつか仮設店舗くん」を採用しなかった戸塚駅周辺再開発事務所には猛省を促したい。
Totuka4今回オープンした仮設店舗に引き続き最終的には6館の仮設店舗がオープンするので、そのウチのどれかに「とつか仮設店舗くん」が採用されることを願っている。
今回オープンした店舗はA館で、私の好きなお店も何軒か入居している。ちょいちょいお世話になっているT-Berryというケーキ屋さんもこちらに移転。
Totuka3さらに、かつての女郎屋だったというかなり歴史を感じさせる建物にあったやきとり「小路」も移転。「店内での待ち合わせお断り」とか「残った料理のお持ち帰りお断り」といったチラシがペタペタ貼ってあれ雑然とした雰囲気だった以前の店とは違いかなり綺麗になった。これはこれでいいのかもしれないけど、前の店のほうがいい感じだったなぁ。22時閉店とか飲み屋では有り得ない店じまいの早さがこちらでも受け継がれているかはまだ不明。

再開発で店を閉めこのA館に入っていないなかにも、今後オープンする仮設店舗に入るところもある。なんといっても吉野家がA館に無かったのはショックで、撤退か??と思ったがちゃんと残るようだ。ラーメンの寺田家も残るようなのだが中華の三十七番とえぞ富士が行方不明なのが哀しい。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2007.06.17

ラジオCMを追って(本編)

Hukiwari翌日も朝食のあとにも軽く話し込み、若干遅めにチェックアウトして向かったのが吹割の滝。ここは丸沼方面にスキーに行くときにいつも気になっていたスポット。行ってみると大迫力で、目の前の壮大な割れ目に川が落ち込む様は圧巻。白線で区切られているだけで基本的にどこまでも立ち入り自由。死者も出ているらしいが、フラフラな酔っ払いなんてひとたまりもないだろうなぁと思った。

同じくスキーに行くときに気になりつつ一度も寄ったことの無いオルゴール館で休憩し、次の目的地であり今回のメインイベントである大澤屋に向かう。

Oosawaya_1大澤屋といえばゆうゆうワイド。ゆうゆうワイドといえば大澤屋。大澤屋は伊香保温泉水沢観音下にあるうどん屋さん。水沢観音周辺には参拝客向けのうどん屋さんが400年ぐらい前からあった。水沢うどんと言えば田丸屋と清水屋が二大巨頭でそれこそ400年の歴史を持つ店である。大澤屋は田丸屋から昭和40年代に分かれた、店としては新興勢力であるがTBSラジオのCMのおかげかずば抜けた知名度を誇る。私も20年前から店の名前だけは知っていたぐらいだ。
こうして憧れの水沢観音下大澤屋のしこしこした水沢うどんを食べ、次の目的地である草津温泉に向かった。

草津温泉と言えば本家ちちやの温泉饅頭。温泉饅頭と言えば本家ちちや。というわけでこれまたラジオCMでおなじみの本家ちちやの温泉饅頭を買うためだけに草津へ向かう。地図で見ると伊香保のすぐ左上なのであっという間に着くかと思ったが、ナビで見ると結構いい距離あってちょっとビビった。
雨の中何とか到着したが、
Titiya
…ホント、もうなんと言っていいのやら。
温泉周辺に3店舗あってすべて定休日が同じ。もうお見事です。

失意のままここから軽井沢まで抜け、軽井沢で何か買おうかと思ったがそのままスルーして関越乗って帰ってきた。
次こそ本家ちちやの温泉饅頭食べて清芳亭の湯の花まんじゅう食べてやるっ!

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2007.06.16

ラジオCMを追って

Rokarusen
最近仕事でストレスが溜まっていけない。以前は外回りだったので息抜きの合間に仕事が出来たのだが、完全デスクワークの今は驚くことに仕事の合間にしか息抜きが出来ない。しかも、昼休みが分単位で管理されるとかホント有り得ない。(仕事ナメ過ぎ)
そんなわけでストレス発散も兼ね旅行に行くことにした。一応テーマを「ラジオCMを追って」と決め目的地を群馬県の伊香保温泉としたが、宿を探し出したのが前々日ということもありなかなかいいところが無い。焦りだしたところ楽天トラベルで見つけたのが群馬県片品村のペンション。同じ群馬だし、地図で見ると伊香保まで10センチも離れていない(地図上で)。もうここでいいやと無理矢理予約を入れ、関東甲信越小さな旅に出発した。

昼過ぎに出発し、首都高-外環-関越とスキーに行くときにも使ったことの無い贅沢ルートであっという間に沼田インター到着。雪のない時期の関越なんて10年ぶりぐらいかも。ペンションはオグナ武尊スキー場のすぐそばで、スキーシーズンともなると一晩で80センチ積もることもあるという豪雪地帯だとか。

Fondobo部屋で疲れを癒すと早速ディナータイム。このペンションの自慢はお代わり自由のチーズフォンデュとフィレステーキ。しかしその前に出てきた鴨肉のサラダが美味いのなんの。そしてメインディッシュがステーキなのになぜか出てくる天ぷらとご飯。しかし!この天ぷらが絶品。山菜の女王とも称される「こしあぶら」の天ぷらで、しかも「いま取ってきた」という新鮮さ。精肉鮮魚は新鮮が命というが、どっこい青果も取りたてが一番ということを思い知る。口に入れた途端に広がる心地よい苦味が「うむ、草喰ってるね」と実感する。衣は熱々さっくさくで葉は噛み応えがあり、今まで山菜はすすんで食べる方ではなかったが、今回はガツガツ食べてしまった。
フィレステーキも楽天トラベルのサイトではお勧めの逸品とのことで期待していたが、やわらかくて美味しかったのだが、驚いたのは付け合せのアスパラ。これも例の「いま取ってきた」ってやつで、驚くほど太く中身もみっちり詰まっていて食べ応えあり。焼き加減もばっちりで、ステーキでなくアスパラを「美味い美味い」と食べる私にオーナーの奥さんが「あにー、お肉もオススメで…」と言って来る始末。ただこの奥さんが面白い人で…

Sinmeiそんなこんなで大満足なディナーを終え、余ったチーズフォンデュはお風呂から帰ってからまた頂くことにした。
お風呂は、ペンションから車で数分のところにある天然温泉のしんめいの湯というところがオーナーオススメとのことなのでそちらに行ってみた。この温泉は地元の民宿が経営しているひっそりとした立ち寄り湯で、サウナとか露天とかそんな凝ったお風呂ではないがお湯は良いとのこと。料金は500円なのだが、ペンションの紹介があると400円になる。入り口にあった料金表を見ると「mixi会員=400円」とか書いてあってちょっと驚く。「世間のインフラになった」とも言われるmixiだが、まさか民宿経営のこじんまりとした温泉でmixiの文字を見るとは思わなかった。どうやって会員と証明するんだろうか…

お風呂から上がりペンションに戻り、残ったチーズフォンデュをつまみながら奥さんとうだうだ過ごす。ていうかコレがとにかく楽しかった。ペンションに泊まって日が変わるまで奥さんとしゃべったなんて、こんなの初めて。
ネタはおもにmixiとかブログとかネットとか。ペンションのホームページを奥さんが作っているとかで、パソコンの話やHTMLの話で盛り上がり、楽天トラベルの話で盛り上がり、とにかく話が尽きなかった。まさかペンションで佐川急便やヤマト運輸の話をオーナーの奥さんと話し込むなんて思いも寄らなかった。超テキトーに楽天トラベルで選んだペンションだったが、今年の冬はスキーでここに来ようと本気で思っている。

あー、ラジオCMの話は緊迫の次号を待て!!

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.06.09

なんとなくテーマソングは「少年時代」

Turumi1所用を済まし、鶴見駅から自宅へ帰ろうとしたときにふと目に止まった「鶴見線→」の看板。
ヒマだったので横浜のマンガ喫茶で「げんしけん」の全巻制覇でもやるかと思っていたが、鶴見線制覇の方が面白そうだと思い鶴見線の中間改札を通り過ぎてみた。

鶴見線はもともと臨海部の埋立地での貨物輸送のために作られた路線で、場所が埋立地だけにもともとの地名が無く、駅名が安直な名づけられ方をしていることでも有名だ。
国道と交差しているから国道駅だとか、線路を作った明治のセメント王浅野総一郎からとった浅野駅、安田財閥創設者からの安善駅などなど。今じゃ地名にすらなっているものもあり、その歴史はなかなか興味深い。

Turumi2鶴見駅から4つ目にあるのが浅野駅。ここで海芝浦支線に乗り換えたのだが、海芝浦支線は昼間は1時間に1本というダイヤ。電車が来るまで小1時間ボケーっと過ごす。周囲は工場だけで人気が無く、お昼時だったからか時折工場から重機が動く音が聞こえてくるだけで本当に静かだ。猫がのんびり駅を歩いていたりして、なんだか地方のローカル線の駅にいるような感覚になってくる。

Turumi3ようやくやって来た3両編成の205系に乗って、およそ5分約1キロを海沿いに進んでいき、終点が海芝浦駅。この駅は改札を出ると東芝京浜事業所の入り口守衛所があり、関係者以外立ち入り禁止になっている。駅から出ることは出来るが、そこからはどこにもいくことが出来ない。そんな状況を東芝の人が思ってかどうかは判らないが、東芝が海芝公園という小さな公園を造った。入り口は改札(簡易suica端末)と守衛所の間にあり自由に入ることが出来る。公園の入り口には「片道切符で公園を利用することは出来ません」的なことが書いてあり、ここが駅構外であることを主張している。

駅に着くと、電車内でお弁当を広げる人や写真を撮る人などをチラホラと見かけた。海を眺めているだけで発車までの30分があっという間に過ぎていった。
このあと、浜川崎で南武支線に乗り換え、尻手経由で川崎、横浜と通って自宅へ。どれもこれも1時間に数本のダイヤなので、電車待ちの時間の方が乗っている時間より長いというのんびりした各駅停車の旅だった。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007.06.08

鉄をなめるな!

Rakkasei最近は鉄道ファンが何かと市民権を得てきている。私も4歳の頃、国鉄総武線稲毛駅脇の踏み切りで運転士に手を振って以来の鉄道ファンだが、マニアとかオタクには遠く及ばないなぁなどと思っている。
そんな私だが最近興味があったのが「鉄道大回りの旅」。これは、限られた地域内ならどんなに遠回りをしても最短距離の料金しか掛からないJRの運賃制度を利用したちょっとした遊びのこと。一筆書きとも言われるが、同じ駅を2度通ることは出来ないので、一筆書きとはちょっと違う。

Yokosukaという訳で、いつもは東海道線に乗る私は横須賀線に乗り一路千葉を目指す。小さい頃稲毛に住んでいたので、秋葉原に行くときはいつも103系総武線に乗っていった。今回総武線快速で千葉までいくと、当時あんなに時間が掛かっていた稲毛と都心があっという間だ。たたずまいが好きだった平屋の新検見川駅も、運転士に手を振っていた踏み切りも高架になって無くなってしまった。
111kei3千葉駅で成田線に乗り換え、成田駅に到着。ここで決定的なミスを犯す。成田駅で本当は我孫子に向かうつもりだったのだが、ホームに止まっている111系を見て飛び乗ってしまった。行き先の「銚子」も魅力的だったし。
で、単線をガタゴトと進みつつ今後のルートを考える。まだ乗ったことが無いタブレット区間を持つ久留里線乗りたいなぁ。。。でもあれは行き止まりで一筆書き出来ないからだめだなぁなどと思いながら銚子駅について驚くべき事態に直面した。銚子駅は鉄道大回りの旅が出来る限られた地域(大都市近郊区間)外で、ここまで来たら普通にお金を払わないと不正乗車になってしまうということを!お金持ってて本当に良かった!!
せっかくお金を払うなら銚子電鉄でも乗ってせんべい買うか!と思ったが、銚子発の特急しおさいが成東駅までは普通電車として運行されるとのこと。普通運賃でE257系500番に乗れるなら行くしかないでしょうと飛び乗った。
普通電車なのに車内販売があったりしてちょっとしたたび気分を味わううちに成東駅到着。
Narutouなんかドラマに出てくるような景色を堪能した。夏になったらセミの鳴き声とかでにぎやかになるのかなぁとか思うともう一度来たくなる駅だった。暇があればいつかここから外房線-内房線でぐるっと房総半島を一周したいなと思った。あと久留里線も乗りたいな。ここからは佐倉-千葉-曽我-東京-戸塚と帰る。なんだか大回り失敗なのでテンションがた落ち、お土産も千葉といえば落花生なのでそれだ