それは、1通のメールから始まった。「岩泉線のキハ52が11月で運用をやめるんだけど、写真撮りに行かない?」 プジョー仲間のBlueforceさんよりお誘いメールをもらったのは昨年11月初旬だった。この時は予定日の天候が悪くお流れになり、岩泉線のキハ52は我々に撮られること無く静かに運用を終わらせた。それを嘆くBlueforceさんからのメールに「あとは大糸線で…」とあったので、じゃあ大糸線で撮りましょうって伝えると、「もうこの雪の季節だし春にしよう」とのこと。ちょっと待ってもらいたい。わたしゃ地元のおばちゃんのドライヴするスズキキャリー4WDにギリギリ負ける腕前の持ち主だ。しかも雪国のディーゼル気動車はなんて絵になるんでしょう。「4月といわず、一番雪の積もる時に行きましょう!」ということで1月最後の土曜日、その計画は決行された。
深夜0時、私の家に集合し撮影機材などをランクルに積み込む。その時、Blueforceさんから「このレジェメ、読んどいて」とファイルを渡される。レジェメ?何かの講義が始まるの?…何のこっちゃと渡されたファイルを広げると、そこには当日のダイヤグラム、キハ52の歴史を記した雑誌の切り抜き、名撮影ポイントで撮られたキハの写真多数…こ、この人は本気だ…
糸魚川駅の大糸線始発は6時13分。私が中央道八王子インターで間違って国立府中方面に向かってしまったりしたこともあり、始発には間に合わないかと思ったが、特に爆走するでもなく糸魚川駅に6時丁度に到着した。
ターミナル駅とはいえ、地方のローカル線。乗客なんてそんなにいないだろうと思ったらさにあらず。始発列車はスキー客で座席はほとんど埋まってしまった。しかも撮り鉄な方々も他に数名。確かに大糸線沿線は有名なスキー場が多々あるからこのシーズン当然といえば当然か。

糸魚川駅4番ホームにたたずむキハ52 115(左)とキハ52 115。2両止まっているが、運用は1両編成のワンマン運転。大糸線JR西日本管轄の非電化区間をこの2編成で運用している。

間もなく出発。止まっている時もガラガラやかましいディーゼル気動車だが、ディーゼル好きなワタシにはたまらない“騒音”だ。

車内には雪国必須の雪かき用角スコップが常備される。除雪の最後の切り札ともいえる。

平岩駅で10分ほど停車。プチ撮影会が始まる。列車の中のスキー客と外の鉄道ファンの温度差がなんともおかしかった。

南小谷駅到着。1時間弱の小旅行。折り返し糸魚川に向かうキハは一休み。

南小谷駅舎内におコタツ発見。猫とかみかんこそ置いていないが、電気も入っていてぬくぬく。畳におコタツ。と駅窓口の風景は雪国ならでは?
ほぼ徹夜でここまで来たので、おコタツにもぐりこんでいたらとてつもなく睡魔が襲ってきたが、駅員さんがニコニコこっちを見ていたので寝れなかった。
ここから糸魚川にとんぼ返り。やはり列車は撮るだけでなく乗らなければ。運賃収入にもわずかながら貢献しなければならないというのはBlueforceさんから学んだ鉄の哲学。

灰皿は撤去されていたが栓抜きは残っていた。瓶ジュース自販機があちこちにあった頃はとかく重宝したことだろう。瓶ビールを車内に持ち込んで、うっかり栓抜きを忘れてもこれなら大丈夫だ。

車窓にはのんびりとした雪景色が広がる。列車は姫川という川に沿って走るが、この川は名前に似合わず有数の暴れ川で有名だとか。95年7月11日から12日にかけて起きた「7・11豪雨災害」で、大糸線は国道148号線とともに壊滅的な打撃を受けた。
復旧まで2年以上の歳月をかけ、97年11月29日全面復旧したのであった。この歳月は復旧というより新線敷設と言ってもいいだろう。いやぁ、語弊があるかもしれないが、非電化のローカル線がよくまあそのまま廃止にならなかったものだ。

首都圏色のキハ52 156 私が初めて見た気動車は栃木県の烏山線を走っているキハ40だ。今は烏山線独自のローカルカラーで走っているが、当時はこの写真と同じ首都圏色で走っていた。小学生だったその頃、あまりのカッコ良さにすぐにNゲージでキハ40を買いに走った。しかしそれは、家に帰って封を開けると、間違ってキハ20を買っていたという悲しい思い出でもある。

撮影は国道をあっちに行ったりこっちに行ったり大忙しだ。ナビのBlueforceさんがダイヤグラムとカーナビ画面を見比べながら撮影ポイントを絞り込んでいく。この作業がなんだか楽しくて、結局撮影だけで100キロ近く走っていた。

どうしても俯瞰で列車の写真を撮りたかったので、白馬大仏が鎮座する葛葉峠に向かう。しかし、あまりの降雪に下界が霞んでしまい、撮影ポイントもなかなかいい場所が無かったので大仏様の写真を撮って転進する。
昨日の夜からろくな食事を取っていなかったので、糸魚川で腹ごしらえをする。向かったのは「銭形」というレストラン。ここは巨大エビフライが有名だとか。私が選んだのはミックスフライ定食。巨大では無いがそれでも大きいエビフライとホタテのフライ、ひれカツがついて1350円(だったかな?)。しかしここでゆっくりもしていられない。最後に「絶対に撮らなければならない写真」があるのだ。

非電化区間で唯一離合する根知駅に向かい、離合シーンを撮る。すっかり日も暮れ雪も激しくなったが、音も無く静かに行き違う2両の気動車が郷愁を誘う。
この写真を撮って本日の予定はすべて終了し、帰路についた。
が、
しかし、Blueforceさんは終わっていなかった。
「この先に筒石っていう面白い駅があるから、ついでだから行こう」
筒石。さすがの私も聞いたことがある。北陸本線の、ホームがトンネルの中にあり、下りるのに300段近くの階段があると言う駅だ。
国道8号を北上し、筒石地区から完全凍結の山道、しかもかなりの急勾配を帰りの心配をしながら登ってゆくと、突然駅舎が顔を出す。駅舎の周りを見ても、どこにもホームも線路も無い。この建物は単なるトンネルの入り口なのだ。駅名看板が無ければ工事現場の事務所にしか見えないプレハブの建物に入ると、切符を売る窓口があり「駅」を主張する。
もちろん入場料140円を払い、駅に下りる。入場料収入に貢献するのも鉄の哲学だ。この駅では入場券のほかに「入坑・入場証明書」という絵葉書を兼ねた証明書をくれる。作るのもタダでは無いだろう証明書を作る余裕があるのか問い詰めたいところでもあるのだが、この駅は大糸線巡りとセットで訪れる鉄道ファンも多いらしく、入場料収入もそれなりにあるのかもしれない。
ちょうど普通列車が入ってきた。乗降客は1日平均60人前後とのことだが、この列車でも数人が降りていった。
ホームの狭さもごらんのとおりだが、ここを特急はくたか号は130Km/hで走り抜ける。
ホームから地上に向かう階段。バリアフリーのバの字も無い。
もともとはトンネル工事で物資の運搬や掘り出した土を排出する斜坑を利用した物なので、ある意味トンネル土木工事の遺構というわけだ。
これで本当にすべての予定が終了した。北陸道名立インターからチェーン規制の出ていた上信越道、関越道、圏央道と順調に走り無事帰宅。24時間鉄にどっぷり漬かった濃ゆい1日が終わったのであった。